第五十三話 ヒルビンでの日常
バックダンサーをやるに当たって、顔出し無しでも良いという好条件を付けて貰っているのだが、着替えの時とかどうしても顔を見せてしまう機会があるだろう。
土壇場で騒がれてしまうより、先に見せて無用な騒ぎにならないよう取り計らって貰った方が良いと思う。
という訳で、ルクリュイーズ少年と追っかけ少女三人を私の宿の部屋にご招待だ。少年を連れてきたのは少女達が暴走した時の抑え役として。
「あなたはルー君の役に立ってないんだから、余計な手間掛けさせないでよ」
少女たちのリーダー格ニナちゃんがツンツンしている。
「さっきも言ったけど、事情があるのよ」
てことで御開帳。ニナちゃんを始め、他の二人の表情が、私の顔を見てから急激に変化する。そう、驚きと喜びと憧れが混じった明るい笑顔だ。少年も流石に驚いている。
「きゃーー! ベクト様だ!!!」
「きゃーきゃー!」
「なんでココに?」
うん。非常に喧しい。
「他の宿泊客が驚くでしょ。声を挙げるのを止めなさい」
「はい!」「はい!!」「はい」
素直になってくれたのは嬉しいね。しかし、やっぱ私の事をベクトと間違えるか。並べば結構違うんだけどなぁ。やはり顔を隠しておいて正解だった。
「まず初めに言っておきます。私はベクトじゃありません。アーリィと言います」
「え?」「ホント?」「もしかして姉妹とか、身内の方でした?」
「身内か……まあそんな所。この街に来たのはベクトに会いに来た為なんだけど、伝手が全く無くてね。出来れば騒がず内々で会う為に、ルシードに大会で頑張って貰ってるの」
全部を説明する必要は無し。大まかに知って貰えればそれで十分でしょ。
「貴方達のように、この顔でこの街ではどうしても騒ぎになっちゃうでしょ? だから協力お願いしたいの」
「判りました! ベクト様の身内の方にバックダンサーを務めて貰うなんて光栄な話です! このニナ、アーリィ様をお助けしますよ!」
ということで、この街での私の働き口が出来たのだった。アイドル関連でベクトに近づく機会があるかもしれないしね。
ある日のこの街での私達の日常。
ルシードと少年は、とある修練用の空き地を借り、そこで練習を始める。
「身体能力は全ての基本だ。基本を疎かにする奴は伸びない」
「はい、師匠!」
朝早くからの走り込みに始まり、腕立て腹筋、スクワット等様々な筋力トレーニングを行っている。
私も付き合って一緒にやるのだけど、直ぐにへばってしまい、二人を見守る事になる。この世界に来てから運動量は比べ物にならない程増しているのだけど、それでも戦うことが本職の人とは比べ物にならないんだなぁ。
二人にとって十分な筋力トレーニングを終え、休息と朝食を取る。この後は私は別行動。二人は修練用の空き地に戻り、練習を再開する。今後は単純に組み手を開始する。
私が向かったのはとある一室。騒いでも苦情が出ない空き家を少年が買い取って、少女たちの練習場として与えてあげたそうな。
部屋にはニナ、エミリー、アエニスのアイドル少女三人と私以外のバックダンサーが数人。顔出しNGな私は、フードだと顔が出てしまうので、通気性の良い動物マスクを付けている。
「バックダンサーの一時的補充として、アーリィさんに来て貰いました。事情があって顔出しが出来ないのでマスクして貰っています。事情は私達が承知していますから、くれぐれも余計な詮索をしないように!」
ニナちゃんはツンツンしてはいるけど、身内の人間には結構世話焼くし感じがするなぁ。エミリーちゃんとアエニスちゃんもニナちゃんに引っ張られがちだけど、余り迷惑には思ってない様だ。思ったよりも仲良しグループなのね。
でバックダンサーズですが、
「あ、あの……顔の事は気しないから、一緒にがんばろ」「辛いことがあったのね……大丈夫。私達でしっかり守ってあげるから」
っと、どうも妙な誤解をされているようだ。ありきたりな所で私の顔に酷い傷があるが、それでもアイドルの夢を捨てきれない、可哀そうな子と思っている所なのだろう。良いけどね。
「さ、練習を始めますよ。アーリィさん宜しくお願いしますね」
「こういった事は素人なので、宜しくお願いしますね」
さあって。私も頑張りましょうか。
ルシードと少年は訓練を続け、月一の定例大会に出場。修行で行う組み手ではまだ少年はルシードに届かないようだ。ルシードは順調に小さい大会とは言え優勝を重ねている。勝利を重ねる毎に、この街の中での名声が高まっているようだ。
私はバックダンサーとして結構やれている。まだ無名のアイドルなので路上が主な活動機会となっているが、時折、武闘大会の花としてお呼ばれもしているので、こちらも実績が高まっているようだ。
ベクトに会える時は、そう遠くないのかもしれないね。




