第三十五話 潜入潜伏
はぁい、私アーリィ。今、貴方の上に居るの。
ってことで、夜闇に紛れながら集落ハフナーの遥か上空に浮かんでいます。
私とルシードはサテラ君に腰掛け、アベリックさんとセイドさんは、長くした吊り輪に足を掛け、サテラ君の一部を掴んで何とかバランスを保っている。重さとか重心の偏りとかは全然問題無いんだけど、速く飛ぶと二人が錐揉み状態になって落ちかねないので、用心を重ねた速度を保ってゆっくり進んでいる。
「うは~、この高さは流石に怖いな」
「うむ、恐怖はあるな……この高さは初めてだ。高所に慣れる訓練というのは無かったし必要なかったからな。いずれ、そういった訓練を提案した方が良いかもしれん」
怖いと言いつつ、結構余裕があるなぁ。もう少し速度を上げても大丈夫かもしれない。私もルシードも夜闇の空中という状況にかなり慣れてきている。短い期間に何度も経験したからねぇ。とはいえ、慣れてきた時期が一番危ないという経験則もある事だ。大事な作戦中だし、調子に乗らず安全第一でいこう。
集落内で何か所も焚火があり、その周囲に人影が多く見える。今の所、争いは見当たらないし悲痛の声も聞こえない。集落の住民はどういった扱いになっているんだろうか……
「どの辺りに降りようか?」
「集落の奥、壁際の辺りの家の屋根が崩落している。多分、盗賊の襲撃の時に焼き払われたか何かだろう。壁が残っているから降りた時に丁度良い目隠しになるんじゃないか?」
「そうだな。あの辺りは明かりが一つも無いし、恐らく放置してる所だと思う」
「あいさー。今から降下するけど、急な突風で盗賊のど真ん中に落ちるとかは止めてよね」
面白くはあっても、流石に命を掛けたお約束は避けるよ。
指示された所にサテラ君を慎重に降ろしていく。月明かりはあっても光源が無い所は見通しが効きにくい。特に今回はアベリックさんとセイドさんをぶら下げているのだ。私を守ってくれる人を傷つけてはいけない。
二人が崩落した屋根部分から家の中に入ると、その姿が殆ど分からない。「大丈夫。そのまま降ろして」と小さく声が聞こえるので、徐々に速度を落として降りた。
感じ的に二人がサテラ君の吊り輪から降りたので、次は私とルシードだ。先にルシードが飛び降りた。経験があるのか、慌てる様子も無く殆ど音もせずに着地している。相変わらず身体能力は凄いなぁ。私だったら、この暗闇の中に飛び降りたら、盛大に尻もちをつく自信があるよ。
最後は私。「足元が濡れているから、滑らない様に注意しろよ」とルシードから忠告が入る。「了解」と短く答え、サテラ君に腰掛けたまま足を暗闇の地面につけた。む、確かに濡れている感じがある。屋根が崩落した時の消火用の水かな?
「サテラ君は上に戻しておきます」
サテラ君にバイバイして、月明かりが映える夜空へと舞い上がらせる。む、ここはちょっと……なんか臭う。
「これからどうするの?」
「もう少しすれば、本体が集落の外で戦闘を開始します。それまでに良さそうな位置に移動した方が良いでしょうね」
セイドさんの提案だ。確かに、戦闘が始まれば盗賊たちはそちらに注意が向くと思う。しかし、多くが動くだろうから、私達とバッタリ遭遇する恐れもある。この場所は盗賊から見つかり難いとは思うけど、私達は周りの様子が全く分からない。集落の見通しが出来て、盗賊頭目が居そうなところの近くが理想かな。
「この部屋のどこかに、集落の地図とかないかな?」
あっちが玄関っぽいから、こっちが奥の部屋だろう。地図は家の中なら何となく寝室に置いてあるイメージなのよ。っと、奥の部屋らしきドアを少し開けた所で、ルシードに肩を掴まれる。同時に奥の部屋からさっきから感じている臭いが強く流れてきた。
「アーリィ。そっちじゃない。こっちだ」
「ん? だって地図を探して……」
「地図はいいから、ここを出よう」
どこかの篝火の揺らめきか、月光の明かりの差し込みか、ちらっと奥の部屋の様子が見えた気がする。
「……ごめん。出た方が良さそうね」
「こっちだ」
アベリックさんが慎重にドアを開けて周囲の様子を確認する。誰も居らず、周囲から寄ってくる様子もない事を確認して残る私達に出ても大丈夫と促す。
それにしても、夕食を軽めにしておいて良かった。いつも通り食べていたら思わず戻していたかもしれない。
「ここを占拠した盗賊共に手加減や情けを掛ける理由が無くなったな」
「ここの集落の住民は百人以上居たはずだ。この家に放棄されていたのは精々十人前後。まだ住民が生き残っている可能性はある」
今まで私が見聞きした中に限るが、この世界には奴隷を売り買いするという事は余り無いらしい。というのも、この世界は人の住める範囲というのが限られているからだ。奴隷を住まわせるぐらいなら自分が住むというのが基本的な考え方。とはいえ、一応は奴隷は居るらしいけどね。
何が言いたいかというと、奴隷の需要は少ないという事だ。これ以上は面白くない考えになりそうなのでここで考えるのを止めておく。う~む。今夜は考えが荒むなぁ。
「あの中央の一段と高い建物は集落の長の家と集会所だったはずだ。明かりも付いているし、盗賊の頭目が居る可能性が高いし、ハズレでも屋根に登れば集落の様子を見渡せるだろう。どうかな?」
アベリックさんの提案に皆頷く。登れそうなルートはあったが、私が足手まといになりそうだったので、サテラ君を降ろして空から屋根に移る羽目になってしまった。済まぬ。
誰かに見つからないかヒヤヒヤモノだったが、今の世界では空からの侵入というのは考えもしないようで無事である。この幸運に甘えない様にしよう。
さて、屋根の下の様子を今伺う訳にもいかないので、とりあえずは集落の様子を見よう。
とは言っても、ここに来た時と変わらない、静かなものだ。ルシード、アベリックさん、セイドさんも特に異変を察したようには見えない。
っと、集落の外から、これまでの静寂を引き裂いて激しい争いの音が起こった。それとこの音は……
「銃声?」
「ああ、銃声だな。しかも複数、相当な数だ。一つ二つならともかく、盗賊がこれ程持っているというのはおかしな話だ」
この世界、銃は普通にある。簡単な構造であれば新しい銃を作る事だって出来る。問題は弾薬の方だ。魔獣は殆どの地域を占領しているせいで、弾薬の原料が殆ど手に入らない。辛うじて入手できる所も、長い年月を掛けて採取し尽している。今はあの手この手で製造しているらしいが、量産が出来ていない為、湯水のようには使えない。使えるのは有力な街の貴族ぐらいだろう。なのに、ここの盗賊は銃弾を惜しげも無く撃っている。
所詮盗賊相手と思われていたこの作戦。早速雲行きが怪しくなってきたぞ。




