第百五十六話 去りゆく者たち
まずはルシードが斬りこんだ。
ヴェタリーは、相変わらず避けるそぶりも見せずに反撃してくる。
「お前、前より速くなったな? ……まあ、俺には関係ないけどな」
「くそっ!」
以前と変わらず、攻撃がすり抜ける。
振動ナイフを埋め込んで振動させても、高周波ブレードを通しても同じだ。
ただ、今回はそこにベクトも攻撃に加わった。
ベクトは土や石、木の枝をぶつける等、攻撃の種類を増やしている。
しかし、それでもまだ足りない!
「サテラ君、GO!」
攻撃の量をもっと増やす!
私はサテラ君を、二人の間から滑り込ませるようにヴェタリーにぶつけた。
ヴェタリーに効果が無いのは同じだが、動きが少し変わった。攻撃を避ける様子を見せたのだ!
「ちっ、小賢しい奴らが!」
ヴェタリーはこれまで、スキルにより一方的に攻撃してきた。その為だろう、自身が追い詰められるという状況に慣れていないのだ。
もう少し押し込むことが出来れば……
……そう思ったのも、つかの間だった。
「ほら、どうした!」
「きゃ!」
反撃の剣が、ベクトの肩をかすめた。赤い線が走る。
ヴェタリーは、透過する攻撃を選別し始めたのだ。
受けても大した影響のない、土や木片に対して透過せず、そのまま受けている。そうすることで、スキルが限界に到達するのを防いだのだと思う。
こうなると……単純に手が足りない!
ルシードとベクトが私の所に下がってきた。
今の所、傷はベクトの肩だけでそれも浅い。しかし疲労の方が溜まってきたのだ。
疲労は攻撃の頻度を落とし、反撃の回避を難しくする。
「ははは、どうした? 段々良い顔になってきたじゃねえか」
「くそ~。そのスキル反則だよ!」
ヴェタリーは、ゆったりとした足取りで、じわじわ迫ってくる。
私たちを逃す気がないのは、目を見ればわかる。油断なんて、まったくしてない。
「ベクト、どう? 突破口何かない?」
「……今のところ、無い。できるのは、逃げること」
「そんなぁ」
じりじりと近づいてくるヴェタリー。
持つ剣をいつでも振れるよう、構えている。
……逃げるしかない?
そう思っていた所に、意外な乱入!
「ヴェタリィぃ!」
レン代表を追ったはずのソウルさんが戻ってきたのだ。
キメラ種の体はスタぼろで、あちこちから体液を流して、まさに満身創痍。
恐らく、レン代表と科学者軍団の返り討ちに遭ったのだろう。
「ソウル?」
「ごのままじゃ、がだぎウでなぃぃ!」
ヴェタリーは、そんなソウルさんを一瞥しただけで、またこっちに剣を向けてくる。
「俺は忙しいんだ! 死んでも向こうを押さえてろ!」
ヴェタリーはソウルさんのピンチを意に介さず、私達に剣を向けた。
それに反応したのが、何故かソウルさん。
「ぉぉぉ! ぞれ、俺のがだぎぃぃ!」
「ちっ、何しやがる!?」
ソウルさんは、ヴェタリーに覆いかぶさるように突進してきた。
しかし、ヴェタリーには通用しない。
するりと、ソウルさんの体を通り抜け、離脱しようとした。
「だめ! おでのぉぉ!」
「ぅ、てめえ!」
次の瞬間、ソウルさんの体から、毒液が撒き散らされた。
「アーリィ、ルシード、離れて! あれに近づいたら危険!」
虹色の輝きを放つその液体は、壮絶な煙を発生させている。
その煙に巻き込まれたヴェタリーは、明らかな苦痛の表情を浮かべていた。
あの毒液はきっと、ヴェタリーのスキルの限界を突破しているのだろう。
「ここまで見てやった恩を忘れやがって……この復讐狂いがぁ!」
ヴェタリーが、ソウルさんの顔面に剣を突き刺す。
壮絶な断末魔を上げるソウルさんは、更に毒液と竜頭からの炎を、まるで自分が浴びるかのように放ち続ける。
「ぉぉぉ!」
ヴェタリーの服が溶け、皮膚が爛れていく。
剣も手放して、必死にソウルさんから離れようともがいてる。
「こんな形で悪いけど!」
私はサテラ君を、ヴェタリーとソウルさんに向けて撃ち出した。
ソウルさんはまともに受けて吹き飛ぶ。続く断末魔も徐々に弱くなっていった。
そしてヴェタリーも、今まで攻撃を透過していたが、毒液火炎まみれではそれも叶わず、サテラ君に大きく吹き飛ばされ、地面に転がった。
辺りは、酷い有様だ。
まだ残る毒の煙を吸い込まないように、注意が必要だ。
毒で溶解した地面に足を取られないように注意する必要もある。
「……まだ生きていたか」
「……時間の問題だ、馬鹿が……」
ヴェタリーは、地面に伏していた。
体の一部が溶解している。まだ生きているのが奇跡なぐらいだ。
ルシードが近づき、問いかける。
「お前のスキル。結局、何だったんだ?」
「……『フィージョン・セパレイション』。あらゆるものと融合・分離が行えるスキルだ」
融合と分離のスキル。
透過していたのではなく、融合していたのね。
ソウルさんの毒液を受け、融合の許容量を超えていた。超えたその時、毒の影響をまともに受けてしまったと……
ヴェタリーは、わずかに首を動かして、私を見上げてきた。
その目は、澄んでいた。……不思議なくらいに。
「世界が終わって……お前らを殺して……それから好きにしようと思ってたんだよ……」
「なんで、そんなことを?」
「はっ! 理由なんてねえよ……強いて言うなら、生まれついての……サガだ」
そう言って、ヴェタリーはカオスゼロの方へ顔を向ける。
「あいつと俺は……違う……が……良いか……」
口元を歪めたまま、世界最大の殺人狂――ヴェタリー・シェイドは、静かに息を引き取った。