第百四十八話 トースアースへの寄り道
街道に隠しておいた荷物を回収して、一路ヒョーベイへと舵を向けた。
その道中、遠くにいくつかの集落や街が見えたけど……どこも酷い有様だった。
人々を守るはずの防壁は崩れ、家々から火の手が上がっている。
「助けに……」
「気持ちはわかるが、助けられるのには限りがある。ヒョーベイを大切に思うなら、先を急ごう」
「……うん」
襲っているのはあの魔獣だ。私達であっても討伐は無理だし、撃退も難しいだろう。
この状況じゃ、自分の大切なものを優先させるのが正しいとだと思う。
でも、理屈と感情は違うよね。
目の前の悲劇を、何事もなかったみたいにスルーできるほど、私は割り切れてない。
「!? 前の街道で戦車が魔物に囲まれている!」
私達の前方の街道で、ゴブリンやコボルド、オーガー等様々な魔物が、動かない戦車に群がり、思い思いに叩いている。
すぐには破壊されることは無いと思うけど……このままじゃ、身動きも取れない。
「助けるよ!」
「わかった」
「いいよ」
ルシードもベクトも、迷わず頷いてくれた。
ありがとう!
「行って、サテラ君!」
サテラ君の片割れを先行して飛ばす。
まずは戦車の上に乗っている魔物を薙ぎ払う。
魔物達は全くこちらに気が付いていなかったようで、誰もが無防備にサテラ君を受けて吹き飛んだ。
「後は俺達に任せろ!」
「アーリィは戦車の搭乗者をお願い」
ルシードとアーリーがサテラ君から飛び降り、瞬く間に周囲の魔物を蹴散らしていく。
私は戦車の上に降り立ち、入り口らしきハッチをコンコンとノック。
「大丈夫ですか~?」
少しして、ハッチがわずかに開き、中から目がのぞいた。
その人と目が合って、ちょっと固まった後、ホッとしたようにため息が聞こえ、ハッチが開く。
「助かったよ~。 動けなくなったところに魔物が押し寄せてさ。動けなくなって……もうどうしようかと」
声の調子から、疲れてはいるけど怪我はなさそう。
出てきたのは、トースアースのパイロットの服装をしていた男の人だ。
「戦車といい、その服装といい……トースアースの方ですか?」
「あれ? トースアースの事知ってる……って、君か!」
男の人は、私の顔をまじまじと見ながら呟いた。
私はこの人を知らないけど、この人は私の事を知っているようだ。
「私のこと、知っているんですか?」
「ああ。以前、フィーディングに向かった時に運んでくれたろ? その中に俺も居たんだ」
ああ、なるほど。
私は知り合い以外は特に覚えていないのだけど、あの中に居たのね。
「ところで、こんな所でどうしたんですか?」
「偵察に出ていてね。近場の集落の状況を確認するだけの予定だからと、一人で行動したのが失敗だったんだ」
戦車のキャタピラをチラッと見てみる。
ああ、確かに一部破損しているね。魔物が殴った損傷と区別できないけど。
「修理できないか考えている内に、魔物に目を付けられてしまってね」
「それはそれは。大変でしたね。戦車、動かせそうですか?」
男の人は身を乗り出して戦車の下をのぞきこみ、そのあと中に戻ってエンジンをかけようとする。
……ガリガリッ。明らかに変な音がして、戦車は振動するだけで動かない。
「駄目だ。軸の辺りがやられている感じだ。困ったな……」
男の人は天を仰いで悩む。
ん~。トースアースは確かに、ヒョーベイへの帰り道から逸れてしまう。
けど、問題が出る程外れる訳じゃないし、何より、この人には安全に帰る手段が失われている状態だ。
「よかったら、送りましょうか? トースアースで良いんですよね?」
「え、良いのかい? それは助かる!」
悩み顔から一転して笑顔になった。
ま~ま~。レン代表にもお世話になっているし、ついでに何かの情報でも聞けたら無駄にはならないでしょ。
その時、周囲を確認していたルシードとベクトが戻ってきた。
「で、その中に居たのは誰なんだ?」
「ルシード、ベクト。お疲れ様。この人はトースアースの人で帰る所だったんだって。戦車が動かなくなっちゃったから送ってあげようと思うんだけど」
「良いんじゃないか? こんな所で見捨てる訳にもいかないだろうし」
世界は今、混迷を極めている。
帝国が支配を広げている最中に、今度は魔獣が解放されたのだ。
人を狙う魔獣を考えると、街や集落よりも街道の方が安全かもしれない。
とはいえ、街道も安全では無いのだ。もしかしたら、魔物も増えてきているのかもしれない。上から眺めていて、そう感じたのだ。
「あまり悠長にも出来ないし、行きましょうか」
サテラ君を分割し、私とベクト、ルシードと男の人が掴まる。
「じゃあ行くよ!」
私はサテラ君の向きを変えて、トースアースへと進路を取った。
……何か、少しでも状況が見えてきたらいいんだけど。