第百四十七話 それぞれの帰路へ
カオスゼロ……この世界の呪いの中心地。
人が住める場所に、そんなおぞましい所があるなんて聞いたこともない。ってことは、魔獣が活動してた地域ってこと?
でも、そんな危険地帯に人間が足を踏み入れるなんて、普通は考えられないよね……
「……魔獣から標的にされない香炉!」
そうだ、帝国が開発したあの香炉。あれを使って、アノンはそんな地域に足を踏み入れたんだ。
「その通りです。見つけたことも偶然ですが、そこに至る手段が出来たのも、まったくの偶然……碌でもない人生でしたが、これまでの不運の代わりが詰まったような幸運に恵まれましたよ」
アノンは……心の底から嬉しそうにしている。
「そこで見つけた中心地は、永い年月により肥大化し、限界に達していました。私がほんの少し触るだけで、呪いが解除される程に」
「もしかしてそれって!」
「さて……ここでのお礼も終わりましたし、そろそろお暇させて貰いましょうか」
魔獣が呪いから解き放たれる。世界がどうなるかは火を見るより明らかだ。
今、目の前で広がっている光景。それが、ヒョーベイでもキョウスティンでも、トースアースでも、あらゆる人の住むところで起こってしまう。
そんなことはさせない!
「何か言いたげですが……私に伝えたいことがあるなら、カオスゼロまでおいで下さい。私はそこで、世界が壊れるまでゆるりとお待ちしていますよ」
アノンは軽く手を振るうと、足元に魔方陣が展開し……そのままその姿を消した。
アストラロードの時と似たような状況から、転移魔法と思うけど……あの時は水晶を使っていた。けど、今回は何も使わず、詠唱すらせずに転移してみせている。
身体能力だけじゃない、魔法の方面でも強くなっているなんて……
「不味いな。ちょっとやばそうな雰囲気だ」
ルシードが崩れた壁から外の様子を眺めていた。
確かに、街に広がっていた破壊の音が近くなってきている気がする。振動も感じるくらい。
「脱出しましょ。下はヤバいからサテラ君で空からで!」
とりあえず、サテラ君を浮かべて、乗り易いようにする。
「ガリアちゃん!」
「……なによ」
「色々思う所はあると思うけど、ここで死ぬ訳にはいかないでしょ? 一緒に脱出するよ」
ガリアちゃんの傍にも、サテラ君の片割れを浮かべた。
ガリアちゃんはかなり疲弊した顔している。けど、目の輝きは完全に失われたようには見えない。多分、大丈夫。
しばらく迷っていたけど、やがてエインに手を貸してサテラ君に掴まらせ、自分もサテラ君にしがみついた。
……よかった。避難してくれるようだ。
「じゃあ、行くよ。ちゃんとサテラ君に掴まってね!」
ルシードとベクトは私の方に。リーオンはガリアちゃんの方に捕まっている。
みんな、準備OKだよね?
「じゃ、飛ぶよ!」
サテラ君を操作して、みんなで地獄と化した帝国エインドレスの上空へと飛び出した。
ガリアちゃんは、置いてきた皇帝の亡骸の方をずっと眺めていた……
結構急な出発だったし、この闇夜の中でもし落ちちゃったら大変だから、スピードは控えめ。
少し飛んでみて、みんなちゃんと掴まれているようなので、そろそろ速度を上げようかな。
しかしその時、ガリアちゃんがとんでもない事を言い始めた。
「やっぱり、この帝国に残るわ」
「ちょ、何言ってるのよ!?」
「私は、この帝国の支配者側の人間よ。まだ、この街には生き残っている市民がいる。それなのに、一人で逃げるというのは許されないわ」
ガリアちゃんは、あちらを再び見ていた。
「……彼にも、後を頼むって言われちゃったしね」
「皇帝は、ガリアちゃんに生き残って欲しいと思っているはずよ?」
「……でしょうね」
少し悲しいような嬉しい様な、複雑な顔を浮かべている。
「死ぬつもりなんか、これっぽっちも無いわ。アノンに一発根性を入れてやらないと気が済まないしね」
「ガリアちゃん……」
「ガリアは任せろ。必ず俺が何とかする」
エインが、片足が使えない状態である事を感じさせない、強い意気を放つ。
「けど、そんな状態で……あ!」
するりと、ガリアちゃんとエインが、炎と悲鳴に彩られたエインドレスへと落ちていく。
「心配しないで。カオスゼロでまた会いましょ!」
二人の姿は、すぐ炎と闇の中へと消えていった。
「ガリアちゃん……」
「リーオン!」
ベクトが呼び掛ける。
「はい!」
「ガリアを助けてあげて」
リーオンが悩ってる。
外ならぬベクトからの頼み。だけど、離れたくない気持ちも強い。
その葛藤がぐるぐる頭の中で渦巻いてるのが、こっちにも伝わってきた。
そんな悩めるリーオンに、ベクトの決め手となる言葉を放った。
「助けてくれたら、付き合う事を考えても良いわ」
「はい! わっかりました! あのガキんちょ、助けて来ます!」
リーオンも、サテラ君を蹴って、ガリアが消えていった闇の方へと消えていった。
「……ベクト、良いの?」
「私は『考えてあげても良い』と言ったのよ」
あ、サイで。
リーオンも哀れな男よのぉ。
エインドレスで起こる破壊の音が、一層激しくなった気がする。
ガリアちゃんが戦っているのだろう。
私も駆け付けたい所ではあるが、ヒョーベイの様子も気になる。
あの子の強さを信じる方が良いだろうね。
「じゃ、帰るよ。ヒョーベイの我が家へ!」
速度を上げて、私達はヒョーベイへの帰路を急いだ。