第百四十五話 狂気再来
ベクトが走る。
謎の魔法でこのままでは防戦一方。
だから、何とかしてくれると信じて自分の防御よりも、ベクトの援護を優先しよう。
「ルシード、フォロー宜しく! リーオン! ベクトを助けてあげて」
「任せろ!」
「ベクトにアピールするチャンスだな!」
良い返事で何より。
さて。ベクトの援護として、サテラ君を二つにして追従させる。
これで不意打ちに対する多少の防御にはなるはず。
そして、やはり来た、例の謎魔法!
次の瞬間、私の腹に魔法弾が直撃し吹き飛ばされ、床を転がる。
……きついなぁ。これ以上受けたら、立ち上がれなくなるかも。
目の端でベクトを見ると、やはり魔法を受けていた。
けれど、今回は身を捻って威力を逸らしたようだ。
サテラ君に身を預けて、再びガリアちゃんを目指す。
立ちはだかるのは、ガリアちゃんの守護エイン。
「止めさせて貰う」
こちらも、ベクトの邪魔はさせない!
サテラ君の片刃をぶつけて、その動きを阻害した。
「お前の相手は俺だ」
「邪魔させて貰うぜ!」
更にルシードとリーオンがエインに挑む。
ここまですれば、流石にガリアちゃんのフォローに入れないはずだ。
ガリアちゃんは、魔法を連発したせいか、肩で息をしていた。
「貰った!」
ベクトの拳がガリアちゃんに向かう。
けれど、ガリアちゃんは余裕の笑みを浮かべていた。
「魔法が発動したということは……詠唱までは大丈夫って意味でもあるのよね~」
「ぐぅ!?」
突然、ベクトの体勢が崩れる。脇に飛んできた瓦礫がぶつかったからだ。
誰かと見れば、エインだ。
ルシードとリーオンを相手にしながら、僅かの隙に瓦礫を蹴ってベクトに当てるという、離れ業を成している。
バランスを崩している隙に、ガリアちゃんの姿が消える。
そして、少し離れた所から再出現し、またあの呪文を唱えていた。
私はベクトに駆け寄る。
「ベクト、大丈夫?」
「大丈夫。……多分だけど、あの魔法のカラクリが判った」
何の前触れもなくあの魔法。それも体のすぐ傍で魔法弾が出現するので、回避は不可能に思える。
カラクリが判れば、対応の糸口が見るかるかもしれない。
「あの魔法は因果が逆転しているの」
「どうゆう事?」
「魔法弾という『結果』が先に発生し、その為の詠唱という『要因』を未来に行う。そんな魔法よ」
なるほど……どうやったらそんなことが出来るのかはサッパリわからないけど、詠唱を後回しにできるなら脅威すぎる。
魔法を当てた後に詠唱すれば、安全に戦えるってことだもんね。
「そんなの……どうやって対処すれば良いの?」
「情報が足りない……もうちょっと粘って、情報を集めれば……」
と、そこへルシードとリーオンが下がってきた。
二人とも、小さいが体のあちこちに負傷を負っている。
対するエインも、それなりに手傷を負っているようだが、変わらない動きで再びガリアちゃんの前に立った。
「すまん。そっちに手を出す隙を与えてしまった」
「くそ、ベクトの前で失態とは……次こそ!」
お互いに手傷を負っている。この場で唯一負傷を負っていないのはガリアちゃんだけ。
ただ、魔法の連発で相当に疲労感があるようだ。エインに手を貸して貰っている。
こちらとしては人数の優位で何とかしたいが、正面からぶつかっても、エインに足止めされ、あの魔法で削られる。
向こう側としても、そろそろ決着をつけたい所だろう。が、あの魔法はあまり威力は高くない。決め手に欠けると言った所かな。
状況が膠着する。
お互いに、ベストなタイミングで仕掛けたいのだ。
その時、この戦いを観戦していた皇帝が声を上げた。
「ガリア!」
皇帝の声に、ガリアちゃんは振り向く。
「勝て!」
「はい!」
威勢の良いのは良いが、余所見は隙だ。仕掛けさせて貰うよ!
突っ込むのは同じだが、今度は前にリーオンが走っている。
その背中をベクトが追い、横をルシードとサテラ君が守る。
なんとしても、ベクトをガリアちゃんの元へ送り届ける作戦だ!
「ふっ。無駄なんだから!」
そして、あの魔法が……発生しない?
私も驚いているが、一番驚いているのがガリアちゃんだ。
「エイン! 発動しない!」
「とりあえず止める。何かに備えるんだ!」
何故か知らないけど、魔法が襲ってこないのは最大のチャンスだ。
まずはエインを……
本当に……何となく。
これまでの経験から、何か脅威となる物を感じて、私は目を上げた。
天井の空間が波打ったかと思うと、そこから出鱈目な生き物……キメラ種だ! それが、巨体で押しつぶさんとするように、ガリアちゃんに覆いかぶさってきた。
「えっ!?」
「ガリア!」
迎撃の体勢から切り返して、ガリアちゃんをエインが庇う。
ガリアちゃんは脱したが、庇ったエインの足がキメラ種の巨体に押しつぶされた。
床にひびが入り陥没していることから、その重さが相当と判る。
その重さに挟まれたエインの足は……
「ぐぅぅ……」
「エイン!」
しかし、どういう事? どうしてキメラ種なんかが、この場に?
その答えとなる男の声が響いた。
「お久しぶりですね、皇帝ハインリヒ。そして、ガリア様」
アノン!?
いつの間にか、皇帝の背後に立っていた。
「アノン! あんた、何をしてるの!」
ガリアちゃんが怒りに震えている。
アノンの手には……剣。
そして、それは皇帝の胸を貫いていた。
「この世界を終わらせる準備が出来ましてね。そのご報告にやってきましたよ」
アノンの狂気じみた笑みが、闇の中に浮かぶ。