第百四十話 一目惚れ帝国兵リーオン
「うっそ、もう見つかった!?」
私達は闇夜に紛れ、それなりに上空へを飛んでいたはずなのに……。
帝国の領空に入るや否や、街中が騒がしくなり、すぐさま光が上空へ放たれた。
この動きもガリアちゃんによるものだろうか? 明らかに空を警戒していた動きだ。
幸い、光は私達を捕らえる事が出来ていない。しかし、このままじゃ時間の問題だ。
「このまま行くぞ!」
「うん、わかった!」
「頼むよ」
しかし、三人は怯まない。
行く手の光を避けながら、サテラ君を高速で操る。
しかし、帝国の中央にある塔を越えた所で、とうとうサテラ君が光に捉えられた。
地上での騒ぎが一層大きくなり、銃や魔法がサテラ君に向かって放たれた。
時折、攻撃が掠める。
たまらず、蛇行飛行を繰り返しながら、サテラ君の速度を更に上げる。
そして、一気に帝国の上空向こうへ……姿を消すように飛び去った。
「……釣れた?」
「多分な。騒ぎが遠のいていく」
「良い操作だったよ、アーリィ」
ここは塔の中腹にある、小さなバルコニー。
飛んで行ったサテラ君は囮だ。
塔に接近したタイミングで、このバルコニーに飛び降り、サテラ君だけを飛ばし続けたという訳。
サテラ君は今、遥か上空に待機させている。
「ここって、どの辺りかな?」
「さあな。この塔にガリアがいるのかも分からないし、手早く行こう」
「し!」
ベクトが警告を発した。
私とルシードは反射的に影へと身を潜める。
ちょっと不用心が過ぎたかな?
「……部屋に誰かいる」
ベクトが小声で囁きながら、部屋の様子を伺っている。
部屋に明かりは灯っていない。人が居たとすれば、寝ていたのだろうか?
「……誰だ?」
若い男の声がした。
物音から、声の主が窓際に近づいているようだ。
ベクトが頷く。多分、窓から出てきたところを狙うつもりだ。
窓が静かに開く。
外へ顔を出した男の姿が、月明かりに浮かび上がった。
帝国兵!
そう気づいた瞬間、ベクトが男の顎めがけて拳を振るった。
「おっと!」
受け止められた!?
ベクトの放った拳が受け止められた。
かなりの実力者に違いない!
しかも、受け止められたベクトの拳を、男は掴んで離さない。
「くっ……!」
「侵入者か?」
男の顔が、月光に照らされる。
恐らくベクトと同年代の青年。
けど、この人……まただ!
別人なのに、ルシードに似ていると思ってしまった。
どうしてだろうか? ガリアちゃんに付いていたあの男もそうだった。
顔立ちも年齢も違うのに、何故かルシードと共通した雰囲気を感じる。
問題のこの男は、ベクトの手を掴んだまま動かない。
じゃなくて、動けていない?
「……?」
男は、じっとベクトの顔を見つめていた。
そして、明らかに固まっている。
「放しなさい!」
「あ、ああ。悪い」
ベクトが強めの口調で言うと、あっさりと手を離した。
え? そんな素直なの?
困惑しながらも、ベクトは私たちの元へと後退する。
「お前達……いや、君達の事は話に聞いていたが、やっぱり侵入者なんだろ?」
「なんで私達の事を?」
「ガリア様から聞いた」
あっさりと話してくれる。
しかし、皇帝直属顧問のはずのガリアちゃんの話を聞いている? この男、どういう立場の人物なのだろうか。
「そうか、君達が、か……」
男は何か迷っている様子だ。
しかしその時、部屋の奥の扉が勢いよく開け放たれ、数人の帝国騎士が入ってきた。
その中には、例のガリアちゃんの護衛の男も姿もあった。
「よりにもよって、ここに侵入されるか……」
「エインさん! ……ここに侵入者なんて居ませんよ?」
この男、何を言っているのだろうか?
ん~……これは……私達、というかベクトを庇ってる?
「そんな言い訳が通用する訳がないだろう」
エインと呼ばれた男が冷ややかに返す。
「お前がそうなると思ったから部屋から出るなと言ったのに、それが裏目になるとはな……おい、リーオンを別の部屋に連れて行け」
帝国騎士に指示して、リーオンとかいう青年を連れ出そうとしていた。
「いや、違うぞ。俺はただ……」
リーオンは言い訳を続けるが、帝国騎士が二人がかりで連れて行こうと肩を掴む。
しかし、リーオンは全く微動だにしていない。
この人、どれだけ力が強いの!?
ベクトが振り解けなかったのも納得。
とにかく、今はこの場の脱出が最優先!
「この隙に出られない?」
「ちょっと難しそうだな。あの男が俺達を見ている」
リーオンが足止めしてくれているうちに、何とかしないと……!
エインが近づいてくる。
「お前達をここで捕えさせて貰う」
エインが攻撃に移ろうとしたところに、リーオンが帝国騎士を引っ張りながらエインの腕を掴む。
「ちょっと待ってくれよ!」
この今だ!
ベクトはエインに一撃を叩きこむ。
有効打にはならなかったが、体勢をぐらつかせたので十分!
「今だ、行くよ!」
エインを迂回し、奥の扉へと向かう。
立ち塞がった帝国騎士はルシードが薙ぎ倒し、進路を確保した。
廊下には幸い、誰も居ない!
「ベクト!」
ルシードがベクトに声を掛け撤退を促す。ベクトも「了解」と軽やかにその場を離れた。
リーオンがエインの足止めをしてくれていなかったら、こんな簡単には抜け出せなかっただろう。
あの男が結局なんだったのか良く判らないが、感謝しておこう。
「とりあえずは上を目指そう! なんとかなるでしょ」
「ま、仕方ないか」
「情報が集まれば、次につながるから……」
三人は塔の中を、速やかに駆け抜けていく。