第百三十九話 促される恋心
遠くに見える集落から、煙が上がっているのが見える。
ただ、争いの音は聞こえない。
「戦闘は終わっているようだな」
「そうね……」
帝国は既に多くの街や集落を征服している。
一つ一つに関与したところで、私達にできる事は限られるだろう。
今はとにかく、ガリアちゃんと話すことが最優先。
その想いが募り、私は無意識にサテラ君を飛ばす速度を上げた。
今の所、私達を阻むものは何もない。
それはそうだろう。この世界はドラゴン等のファンタジーでありがちな空の脅威が存在しないし、人類の航空技術も衰退している。
だから、空を警戒するという意識がほぼ無いのだ。
帝国にもこんな感じで進入出来れば良いんだけど……
それから一日が経過し、とうとう帝国エインドレスの近くまでやって来た!
帝国の広さはヒョーベイより小さい街。
しかし、見える街並みは近代日本を思わせるようなものに整っていた。
明らかに、この世界の現状にそぐわない。
きっと、ガリアちゃんが街の整備を指導したんだろう。
よく小説で、主人公が世界観にそぐわない発展した街を築く展開があるけど、あの子は何を思ってこんな街を作ったんだろう?
「念のため、夜まで待とう」
ルシードの提案に頷く。
いくら、この世界の人達が空への警戒が薄いとは言っても、日が出ている時間では、誰が空を見上げているか分からないからね。
念には念を入れた方がいい。
Uターンして、人気のない街道へと降り立つ。
野宿の準備をしよう。
「帝国に入ったら、まともな休憩は取れないだろう。しっかりと休むぞ」
ルシードは念のためにと、周囲の警戒に向かい、私とベクトは食事と寝床の準備だ。
「……なんか、楽しそうだね」
不意にベクトが呟いた。
「え?」
「アーリィ、さっきからニヤニヤしてる」
「えっ!? してないし!」
「してたよ」
「してない!」
むっとして反論するけど、ベクトは焚き火の枝をつつきながら、ゆるく微笑んでいる。
なんか、からかわれてる気がする。
「別に、ただのんびりしてただけだし。今晩は大変だから、今は頭空っぽにでも~」
「ふーん。じゃあ、何考えてたの?」
「え?」
思わず言葉に詰まる。
何を、って……いや、確かに私は何を考えてたんだろう?
シートを広げながら、どこかぼんやりしていて……あ、そういえば。
……ルシードのこと、考えてたかも。
「……あれ?」
自分で気づいた瞬間、なんだか急に胸の奥がざわつく。
ベクトは私の様子を見て、口角をわずかに上げた。
「……そっか」
「え、なにが?」
「ううん」
ベクトはふっと目を伏せ、また焚き火に意識を向ける。
それ以上何も言わない彼女の態度が、かえって落ち着かなくて、私は思わず問いかけた。
「ねぇ、もしかして何か知ってる?」
「さぁ?」
「えー、気になるんだけど!」
「自分で考えたら?」
「……っ」
なんだそれ!と不満を口にしかけたけど、ベクトはそれ以上何も言わない。ただ焚き火を見つめているだけだ。
……自分で、考えたら?
(……ルシードのこと、考えてて。で、それで……私、なんであんな気持ちになったんだろ……?)
なんとなく、胸が落ち着かない。
なんとなく、顔が熱い気がする。
「…………」
「ん?」
「……な、なんでもない!」
私は慌ててシートを広げる手を速めた。
ベクトの口元に浮かぶ小さな笑みが、なんとなく悔しくて。
日は沈み、やがては夜になる。
見回りを終えたルシードは、ついでとばかりに小枝も抱えて持って戻ってきた。
私達三人で軽い食事を取り、なんでもない言葉を交わしてから、少しの間の眠りにつく準備をする。
だけど、私はなかなか寝付けなかった。
私はガリアちゃんとルシードの事が、頭の奥底でぐるぐると回る。
けど悪い気分じゃない。
今夜は決戦の時なのだ。それまでに、心を落ち着かせておかないと。
平常心だ平常心……
気持ちがモヤモヤしていようと意外と寝られるもので、気がつくと日はすっかり落ちていた。
辺りは闇に沈み、焚き火と月の光が僅かな光源になっている。
遠くから僅かな騒ぎ声が聞こえる。
これは帝国が侵略の為に、今なお活動しているためだろう。
「そろそろ出るぞ。準備を」
ルシードがテキパキと荷物を纏めてくれる。
最低限の荷物だけ身に着け、戦闘の邪魔になるようなものは、ここに隠して置いて置くのだ。
準備とは言っても、もともと準備した状態で休憩に入ったのだから、大した作業はない。
最後のチェックを終え、私はサテラ君を呼び寄せた。
「いいよ。じゃあ行こうか!」
三人はサテラ君に乗り、空へと舞い上がる。
ターゲットは中央管理塔。
そこにガリアちゃんが居るかどうかは分からないのだけど……
高い所にラスボスが居るのは、お約束だからね!