第百三十八話 帰還と出発
あの後、無事に街道へ出た私達は、待機していたヒョーベイ友軍と合流することができた。
「よく無事で戻ってきてくれた!」
闇夜の中、待っていた友軍は、私達を温かく迎えてくれる。
一緒に脱出した騎士達が感謝を伝えるのを、私はルシードと並んで静かに見守っていた。
余韻に浸りたい所だが、ここも完全に安全とは言えない。油断は禁物だ。
喜び合うのはほどほどにして、私達はヒョーベイへと歩みを進めた。
静かな夜道を進み、無事にヒョーベイに到着。
この世界では、夜間の先頭はあまり行わないみたいで、お陰でトラブル一つなく帰ってこられた。
そして、街の入り口で待っていたのは、
「アーリィ! 無事だったのね!」
「むぎゅ!」
問答無用でジゼルさんに抱きしめられた。
豊満な胸に埋もれる形になり、悪い気はしない。むしろ落ち着く。
一緒に帰ってきた騎士や兵士たちは、緊張した面持ちで直立不動。
そりゃそうか。私にとっては気さくな友人のジゼルさんだけど、彼女はこの街の守り人であり、貴族。
皆にとっては、そう簡単に気軽に接することのできない存在なのだ。
しばらく抱きしめられたままだったけど、ジゼルさんもようやく落ち着いたようで、私を解放してくれた。
「色々あったけど、危ない時に助けてもらったから、大丈夫だったよ」
「そうなのね? ……無事で良かった。本当に……」
ジゼルさんは、そう言いながらも私の手を握ったまま離そうとしない。
仕方ないので、そのままの状態で、捕らわれてから脱出までの経緯を説明する。
ジゼルさんはじっと話を聞き、私が話し終えるとようやく小さく息を吐いた。
「それで、戦況はどうなっていの?」
「楽観できる状況ではないけれど、膠着状態ですわ」
ヒョーベイは帝国の奇襲で被害を受けたけれど、ベクトの助言で陣を分けたことで柔軟に対応できたらしい。
今は睨み合いになっていて、明日にも正面衝突になる可能性が高いそうだ。
とはいえ、一日で決着がつくとは考えにくい。
帝国は戦争の経験が豊富とはいえ、ここまでの侵攻はかなりの強行軍だった。
道中の支配も安定しているとは言えず、疲労も溜まっているはず。
一方のヒョーベイは、ベクトの助言による布陣で、粘り強い防御力を発揮している。
「なら……今しかないかな?」
ルシードとベクトに視線を送る。
二人とも、私の考えをくみ取ってくれたのだろう。静かに頷いてくれた。
「ジゼルさん」
「はい? どうしました?」
「私とルシードとベクトの三人で、これから帝国エインドレスまで乗り込もうと思うの」
「え?」
ジゼルさんは驚きの声が響く。
「また心配掛けてしまうんで申し訳ないとは思うけど、どうしてもやらないといけない事があるの」
ジゼルさんはじっと私を見つめる。
その瞳には、迷いや心配が滲んでいた。
やがて、彼女はふっと息を吐き、少しだけ微笑む。
「……わかりましたわ。けれど、危険……は有るのでしょうね。絶対に生きて帰ってきなさい、アーリィ」
「もちろん!絶対に帰ってくる。だから、ヒョーベイをお願いね、ジゼル」
「友達ですからね」
「友達だもんね」
ジゼルさんが笑顔を向けてくれる。
それだけで、少し気持ちが軽くなった。
これからの事を思うと緩み切る訳にはいかないが、これぐらいは良いだろう。
ぽんぽんと、背中を叩き合って余韻を楽しんだ。
この後、直ぐに飛び出せたら格好良かったのかもしれないけど、捕囚の疲れが無視できなかったので、一旦我が家に帰宅。
軽く体を洗って、ベッドに飛び込んだ。
……気が付くと、朝になっていた。
鳥のさえずりが、いつもと変わらない朝を告げている。
……本当に戦争中なのかな? ってくらい、平和な音だ。
「おはよう。もう起きてる?」
ベクトが起こしに来てくれた。
朝食と旅に出るための用意も整えてくれている。
ありがとね、ベクト。
「いただきます!」
これからの事を考えて、少し控えめな量の朝食。
でも、これで十分!
食べ終えたなら、歯を磨いて顔を洗って、お着替えをして……なんだか、いつもと変わらないねぇ。
「アーリィ、ベクト。迎えに来たぞ!」
リビングに降りたところで、ルシードがやってきた。
すでに装備を整えていて、移動も戦闘の準備も万端のようだ。
「おはよう、ルシード!」
「ああ、おはよう」
ルシードを見ていると、なんだか元気が出てくる。
不安はあるけど、やる気が湧いてくるのだ。
「私達の目的は、ガリアちゃんとお話しする事! できれば、この戦争も止めて貰おう!」
「戦争を止める方を最初にして欲しいんだがな……まあ良い」
「さ、行こっか!」
ルシードの手を引いて、家を飛び出す。
ちゃんとこの家に帰ってくるからね。
三人で街の大通りを走り抜け、門を通過する。
「おいで、サテラ君!」
すぐにサテラ君を呼び出した。一つに繋がった乗り易いモードで用意してある。
さっと、私達の隣に飛んできたので、それぞれがサテラ君に掴まった。
「さあ行くよ! 目的地は帝国エインドレス!」
朝日を浴びて、サテラ君は刀身を輝かせながら、いつも通りの速さで私達を運んでくれる。
この先に、何が待っているのだろう?