第百三十七話 お帰り、サテラ君!
外は真夜中。
月明かりと、ところどころに灯る篝火だけが視界を照らしている。
私の前にはルシード。
さらにその前を、ベクトと囚われていた人たちが背を屈めながら、音を立てずに走っている。
今の所、帝国兵の見回りは見当たらなかった。
であれば、今の内!
私も、前に倣って音を極力抑えながら、背を屈めながら走る。
建物と建物の間に滑り込み、慎重に進む。
ほどなくして、杭の壁の一部が崩れた場所に出た。
たぶん、ルシードとベクトはここから侵入したんだろう。
振り返ると、陣内はまだ静かなものだ。
脱走はまだ発覚してない様子。このまま静かに脱出できれば良いんだろうけど……
「待ち伏せか!?」
陣の外に出た瞬間、ルシードが警告が響いた。
「取り囲まれている?」
先に出たはずのベクトや他のみんなも、その場で立ち止まっている。
周囲を見渡すと、帝国兵がずらりと取り囲んでいた。
すでに何人かが組み伏せられている。
見捨てて逃げるなんて選択肢はない。
「ふむ……これで全員かな? 見覚えのない二人が、手引きした者か」
その場を指揮していたのは、あの神経質そうな尋問官だった。
変わらない鋭い目つきで、私達を撫でるように見回している。
「脱走ということは、貴方方は帝国に従順しないということですね。抵抗の意思ありと判断し、全員処刑します」
淡々と告げるその声に、背筋が凍る。
「ただし……」
尋問官は薄く笑った。
「今すぐ戻るのなら、この脱走は“なかったこと”にしてあげましょう」
……悪魔のささやきだ。
この誘いに乗っても、多分ロクな結果にならない。
けど、どうする?
こちらは全員武器なんて持ってない。
この場を切り抜けようとすれば、必ず犠牲が出てしまう。
「アーリィ」
「ん?」
「街道にサテラを持ってきてる。呼べないか?」
サテラ君!
レン代表に預けていたけど、修復が完了したの?
私の中のスキルを意識する……あった!
この手ごたえは……間違いなくサテラ君だ! けど、二つ感じる?
「呼べそう。どうしたの、コレ?」
「レン代表の使いが急いで持ってきてくれたんだ。呼んでこの場を搔き乱せないか?」
「分かった! すぐに呼ぶから!」
おいで!
私の意思に従って、懐かしい感覚が返ってくる。
見えないが、サテラ君が直ぐにやって来る!
「なんですか? 確か貴方は……」
尋問官がこちらを見た、その時。
「みんな、伏せて!」
尋問官の背後から、木が薙ぎ倒される騒音が立つ。
事情を知らない帝国兵が「なんだ?」と動揺している。
そこにサテラ君が木を薙ぎ倒しながら登場した!
サテラ君は二つに折れてしまっていたのだが、その折れた所に見慣れないパーツが被されていた。
そのパーツには刀身とは違う金属。
月の光を受けて、淡く輝いている。
そのサテラ君が、薙ぎ倒した木々とともに吹き飛ばされる帝国兵。
更にサテラ君をスキルで操り、残った兵もなぎ払った。
気がつけば、尋問官一人を残すのみ。
私は、サテラ君を自分の手元へと呼び戻した。
「お帰り、サテラ君!」
愛剣をしっかりと握りしめる。
……すっかり変わったね。
持ち手が増えている。これはサテラ君に乗る時に便利そうだ。
さらに、二つを結合する機構が見て取れる。ルシードの合成剣のように、一つの巨大剣へとする事も出来るのだろう。
何はともあれ、帰ってきてくれてありがとう。
これからも、よろしくね!
「これは一体……どういうことです? 剣が飛んできた?」
混乱する尋問官に、私が答える。
「そういうことで、私達はお家に帰らせて貰いますよ。これまでどうもありがとう」
「そうか、スキルか? ……じゃあ、貴方があの方から聞いていた……」
私はにっこりと笑って、こう告げた。
「これから、その子に挨拶しに行くから、伝えられるなら伝えておいて」
「伝える?」
「『お仕置きしてあげる!』ってね!」
軽く助走をつけて、尋問官の顎を抉りこむように、渾身の拳を叩き込む!
尋問官は混乱していたからか、私の拳を受けて、目を回し昏倒した。
いてて。
人を殴るのって、自分の拳も痛いのね。やっぱり、性に合わないかも。
今回は、これで気が済んだから良いや。
「アーリィ、助かった」
「ううん! サテラ君と再会出来て、私も嬉しいよ!」
「うん!」
ルシードが前を向く。
「香の効果は永続じゃない。早く離脱するぞ」
そうか。あまりモタモタしてると、魔獣に見つかっちゃうかもしれないのね。
「アーリィ、ルシード。他のみんなは無事。移動しよう」
全体を見てくれていたベクトが声を掛けてくれる。
ベクトも、本当は私一人についていたいだろうに……落ち着いたら、甘えさせてあげるからね。
呻いている帝国兵をそのままに、私達は森の向こうへと走り出す。
この分なら、帝国兵はもう、私達の邪魔なんて出来ない!
そう、ヒョーベイへと帰る事が出来るのだ!
夜の闇の中、私は確かな足取りで家路についた。