第百三十六話 働かないお約束
「ちょ、ちょっと!」
「おら、来い!」
男二人に両手を掴まれ、私は無理やり牢屋の外へと引きずり出された。
残された人たちは、見張り役の剣で動けない。
他の牢に囚われている人たちが帝国兵を罵倒する声が聞こえるが、連れ去る側はどこ吹く風だ。
なんとかしないと……
そうだ! 私のスキルでこの男たちの剣を操ることが出来れば!
……剣はピクリとも動かない。現実は非常である。
私のスキルには「自分が所有していると認識している剣」という制限がある。でも、こういうピンチの時に、新たな力に目覚めて成長するというのが、お約束では?
心の中で疑問を提示するが、現実は甘くない。
前方に見えるのは、牢屋の外へと繋がるドア。
既に何人か女性が連れ出されている。
私も、あそこを超えてしまえば、多分終わりだろう……
焦燥が胸を焼く。
白く塗りつぶされていく意識の中で、私はある人の姿を思い浮かべた。
「助けて、ルシード!」
「おう!」
……え?
私を引きずっていた男たちの力が、突然抜け落ちる。
恐る恐る顔を上げると、崩れ倒れた男の向こうに、剣を構えたルシードが立っていた。
え? なんで?
どうしてここに?
「助けに来たぞ、アーリィ。怪我とか変な事とかされてないな?」
ルシードは、いつもと変わらない調子で言う。
その姿を見た瞬間――私は駆け出していた。
涙が溢れるのも構わず、彼にしがみつく。
「もう! 遅いよ、ルシード」
「なに!? 何かされてしまったか?」
「そういう意味じゃないよ、バカ! ……大丈夫。何もされてないから」
「……そうか。すまなかったな、遅くなって」
彼の腕の中は、すごく暖かかった。
サテラ君に乗っていた時は、触れ合うことなんて日常だったのに、今は違う。
こうして彼に触れているだけで、安心感が全身に広がる。
どれぐらい彼を抱きしめたままであっただろう?
ずっとこうしていたい気持ちに満たされていたけど、声が掛かる。
「アーリィ。それぐらいにして、逃げるよ」
片目を向けると、そこにはベクトがいた。彼女も助けに来てくれたのだ!
彼女の後ろには、先に連れ出されていた人たちが身を潜めながらついて来ている。
ベクトが助けてくれたのだろう。
「ベクトも……どうやってここに?」
ルシードが答えてくれる。
「お前がいつまで経っても家に帰ってこないって、ベクトから知らせを聞いてな。足取りを追ったら、あの戦場で巻き込まれた可能性があるとわかった」
「ヒョーベイは無事なの?」
「ああ。奇襲で手痛い被害を受けたが、なんとか膠着状態には持ち直している」
ベクトが息を整えながら続けた。
「捕らえた帝国兵から、アーリィたちが連れ去られたであろう場所もなんとか聞き出せたの。それに、ごく少量だけど、魔獣から発見されなくなる香も回収できたから、それを使って私とルシードで潜入してきた」
「そうだったの……ありがとう、二人とも」
やっと心地付けることができた。
私は名残惜しくルシードの腕を離し、立ち上がる。
「この陣地で、帰り道に使える全員分の香も回収してる。脱出準備を」
ルシードとベクトが牢の鍵を外し、囚われていた人たちを解放する。
準備と言っても、私達は何も持ってない。
つまりは、もう準備OKだ。
「この香を頭から被ってくれ。森に入っても魔獣に発見されなくなる。」
この辺りは、みんなプロだ。言葉に従って、速やかに順番に香を被っていく。
「牢を出て、真っ直ぐ進んで森に飛び込むんだ。森を抜けた所に街道があり、そこにヒョーベイの友軍が待機してくれている」
誰からも疑問の声は出ない。魔獣と言う障害が無いのであれば、後気を付けるべきは魔物だけだ。
とにかく今は、あれこれ言うより、黙って二人について行くことを優先するべき時だと。
私も同じ気持ち。だから、深く頷いて従うことを示した。
ベクトが静かに牢の外へ繋がるドアを開け、外の様子を伺う。
「今よ。黙って進むから、ちゃんとついてきて」
ベクトがドアをもう少し開いて、素早く外へ姿を消した。
続いて、囚われていた人たちが次々と外へ出る。
まだ、発見の騒ぎは聞こえない。
「アーリィ、行くぞ!」
「うん。ちゃんとエスコートしてね」
ルシードに続いて、私も、この忌まわしい牢から外へと飛び出した。