第百三十一話 何故か平穏な日々
帝国エインドレスによる侵攻が開始されるまで、宣言通りであれば後二ヶ月後。
ジゼルさんが教えてくれたけど、やはり街々の対応は様々で、どこも大騒ぎになっているらしい。
帝国に事情を問いただそうとする街、慌てて物資を集めて籠城の準備をする街、軍を増強する街。
対応は様々だ。
一方で、帝国の動きは殆ど分かっていない。
「ねえ、ベクト。帝国はどう動くと思う?」
ソファーでくつろいでいるベクトに、何気なく尋ねてみた。
「ん~。色々と考えられるけど、一番可能性がありそうなのは『待っている』と思う」
「待っている、って?」
世界を相手にしようとしてるんだよ?
もっとあれこれ策を仕込んでくるんじゃないの?
「帝国は今、注目されているから、軍を大きく動かせばどうしても見つかると思う。だけどね、街々が帝国に対して落ち着いているのは今だけ。最初は帝国近くの集落が、それから力の無い街が。自己保身からかもしれない、民衆の事を思ってかもしれない、利害を考えてというのもあるかも。理由は色々あるけど、いずれ、帝国に従うところが出てくるでしょうね」
確かに。
全ての街が正面から戦うとは限らない。
「そうなれば、帝国は降伏した街を隠れ蓑に、色々と動けるようになる。その状態を待っているんじゃないかな」
なるほど。
世界に対しての猶予に見える二ヶ月だけど、帝国にとって有利な状況を作るための時間かもしれないのか。
勿論、単純に準備の意味もあるのだろう。
あの男のお陰で、随分とスケジュールが狂っていたようだし、帝国の準備は十分ではないのかもしれない。
「なるほどなるほど。じゃあ、そんな中で私達が出来ることは……」
「待つしかない、かな」
「そ~だよねぇ」
街の運営は大騒ぎだと思うが、下々の私達には関係無い事なのだ。
ギルドのお仕事も、緊急事態という事で遠出の仕事は全て無くなり、街中の細かい作業だけとなっている。
私は貯えがあるから良いが、ギルドメンバー全員がそんな事無いので、こんな時苦しいのだ。
いっそ、実りの良い街へ遠出してみるのも手かもしれないが、運営としては街の中に留まって欲しいらしい。
戦争には駆り出されないが、治安維持や郵便等を任せられる予定との事。
こうして、これからの不安とは裏腹に、平和で退屈な日々が続いている。
日差しは暖かく、風も心地良い。
ヒョーベイの街中では、子供が走り回っていたりしていた。
こんなのんびりした光景が見られるのは、ヒョーベイがこの世界有数の街で、帝国から結構離れている事に起因しているのだろう。
実際、全ての街がこのような状態ではないらしい。
ジゼルさんに話を聞いてみると、ベクトの予測通りの事が起き始めていた。
帝国に対抗するために、有力な街が発起人となり団結しようとしていたのだが、突如として音信不通になる街や集落が出てきている。
状況確認の使者を送っても門前払いで、状況が掴めない。町や集落が攻撃を受けていると言った様子もない。
そんな所が、ぽつぽつと出てきているのだ。
我が街ヒョーベイの運営も、帝国への対応で意見が割れている。
降伏しようって意見はまだ出てないけど、消極的な貴族もいるらしい。
ジゼルさんはこの街の守り人で貴族だけど、影響力はそれほど強くない。
何とか防衛力を高めようと、今も苦心しているのだ。
私とのおしゃべりが、ジゼルさんの僅かながらでも休息となっていると良いんだけど。
予定されていた二ヶ月が近くなった最近、ベクトはそのスキル能力を買われて、よくジゼルさんの所へ赴く様になっていた。
ルシードは治安維持の自警団として頑張っている。
そして私は……
「郵便で~す。スチュアートさん、居ますか!」
「ああ、俺だ。手紙を届けてくれてありがとうね」
郵便屋さんの真似事をやっていた。
今日の配達先は、街の門外で防衛強化の工事を行っているスチュアートさんに、離れて住んでいる娘さんからの励ましのお手紙の配達だ。
この世界、元々手紙を届けるという習慣が少なかったらしい。
しかし、帝国侵攻の危機に対応する為に働く人たちへ、感謝の手紙を送るというのが、静かなブームとなっている様子。
中には、気になる相手に応援を装って手紙を送ることもあるらしい。
……そういえば、ルシードも手紙をもらったことがあるって聞いたけど。
むぅ。
「私も、手紙書いてみようかな?」
地球日本での事を思い出す。
手書きの手紙なんて、ほぼ絶滅危惧種だったよね。
手紙と言えばメールの事を指すぐらいである。
勿論、私も書いた事なんて無かったなぁ。
「来たついで悪いけど、この資料を詰め所まで届けてくれないか?」
「お安い御用で! じゃあ、ちょっとこれにサインくださいな」
このサインを集めてギルドに提出すれば、お小遣いゲットなのである。
にしても、こうやってヒョーベイの街中で働くのは久しぶりだ。
ギルドに登録した最初の頃は、こうやって仕事で街中を走り回っていたものである。
「さて、行きますか」
預かった書類を鞄に詰めて、私は街中を駆け出した。
懐かしさを感じながら、久しぶりの忙しさを楽しんでいた。