第百三十話 とりあえずただいま!
「少なくとも、戦争が始まるまでは手が出せないと思う」
少し考えた後、ベクトはそう言った。
正直、意外な答えだった。
こういうのって、事が起こる前に先手を打った方が良い結果になることが多いのに。
「それは何故?」
「帝国について情報が少なすぎる。それに、帝国は世界全体を相手にしようしている。なら、相応の戦力を用意しているはずだし、あの男がガリアの身を守っている以上、近付くのは難しいと思う。最善は……戦争が始まってから、でしょうね」
「それだと戦争が止められないよ。もし止められるなら、犠牲者出ない方が良いし……どうにかならない?」
「いや……戦争は、多分、アーリィが思うより酷いことにはならないと思う」
意外な言葉に、私は少し驚いた。
戦争……特に、平野での戦争にならないこの世界だと、戦場になるのは街の周囲か街中。もし街中で戦争となれば、どうしたって被害は免れないはずだ。
以前に経験した、集落ハフナーでの悲劇を思い出してしまう。
「ガリアは、オズボーンに攻撃した。あの子の実力を考えれば、殺すことは簡単だったはずだし、その理由も帝国なりには十分にあったと思う。けど、気絶させるに留めてた。これは、あの子が殺しを避けている事を示しているんじゃないかな?」
「まあ、確かに」
「それに帝国の宣言も、これから世界を相手にしようとするにしては、正々堂々とし過ぎた内容だった。戦争に街自体は巻き込まず、犠牲者はなるべく減らすような意図も見える」
「そう思わせて、奇襲する可能性もあるんじゃない?」
「かもしれない。けど、あの態度は、暗い侵略者というには見えなかったのよね」
う~ん。
ベクトの言う事に一理あるかも。
よし、ここはベクトの言う事を信じてみよう。
戦争は止めたいけど、どこかの街が交渉を試みるだろうし、それで止まるならそれでいい。
もし戦争が始まれば、ガリアちゃんの周囲は今より確実に手薄になるはずだ。
その時が、チャンスかもしれない。
ガリアちゃんの傍についていた謎の男は強かった。
あの男が居るという事は、いずれ私達の壁となるだろうが、ガリアちゃんを守ってくれることにも繋がっている。
「そいやさ、ルシード」
「なんだ?」
「ガリアちゃんに付き添っていたあの男。なんとなくルシードに似てたけど、身内か知り合いだったりする?」
「……いや、知らない。俺は天涯孤独の身……のはずだ」
ルシードの顔に、一瞬、疑問の影がよぎる。
そういえば、ルシードはヒョーベイに来る前は、街々を渡り歩いていたと聞いているけど、生まれ育った街の事とか、両親兄弟の話は聞いたことが無い。
もしかしたら、あの男はルシードの家族に関係あるのかもしれない。
「そう。もし思い出したことがあったら、いつでも言ってね」
「ああ、分かった」
気になる所ではあるが、ルシードが言いたくないのであれば無理に聞き出さない方が良いと思う。
いつか話してくれる事を信じて、気長に待つこととしよう。
そして、考えるべきなのは……サテラ君か。
この子は、私がこの世界に来て、ヒガンちゃんに貰って以来、ずっと一緒に居たからね。
それが、こうなるとは思わなかった。
二つに折れちゃったけど、まだスキルで動かすことはできる。
それって、こうなってもサテラ君を『私の剣』と私は認識していることだよね。
であれば、クヨクヨせず……前に進もう。
「ぼーっとしながら聞いていたけど、サテラ君をどうにかしてくれるって?」
「ああ。レン代表が預けてみないかって言っていたぞ。他に宛てが無いなら、預けてみて良いんじゃないか?」
サテラ君の刀身は、魔獣と同じ強度を誇る。
加工できるのは、この世界においては最強状態のアレクシス様ぐらいだろう。
でも、その為に貴重なスキル回数を使わせるのは、さすがに気が引ける。
それ以外の方法は思いつかないし……とりあえず、レン代表にお願いしようかな。
私じゃ、どうする事も出来ないし、他に頼れる伝手も無いんだから。
「よし! じゃあ、レン代表にお願いしに行くとしますか!」
「アーリィに、やる気が戻って来たみたいだな」
「ん、じゃあ行こう」
ルシードとベクトも、一緒に行ってくれる。
こうして、サテラ君をレン代表に預けた。
「確かに預かりました。多少は研究させて貰いますが、それほど時間は掛けるつもりはありませんよ」
「サテラ君を、宜しくお願いします」
そして、私達はヒョーベイへの帰路に着いた。
今まではサテラ君に乗って、楽していた分、歩き続けるのは本当に大変だった。
足が痛くて、全身がだるい。
今まで、私ってどれだけ楽してたんだろう……
そんなことを考えながら、ようやく、ヒョーベイの我が家に帰ってきた。
「ただいま!」