第百二十八話 この世界の為を思うのなら
全世界に対する宣戦布告。
あまりにも有り得ない宣言に、世界中の人々が混乱していた。
帝国エインドレス皇帝、ハインリヒ・ヴェル・エインドレス。
彼は続いて、奇妙な事に戦争のルールを告げる。
・街への奇襲は行わず、攻め込む前に必ず宣戦布告を行う。
・街の住民に対して積極的な攻撃は行わない。
・降伏した者には逆らわない限り危害を加えず、その命を保証する。
この世界で、戦争というのは本当に久しく起こっていなかった。
アストラロードの反乱ですら、歴史的な事なのだ。
だから、街同士の戦争にルールというものは存在しない。
戦争の常識そのものが、今は存在しないのだから。
そんな中、わざわざルールを明言するというのは、紳士的と言うか、奇妙とすら言える。
「侵攻を開始するのは二ヶ月後とする。十分に準備するといい」
それを告げると、皇帝の姿は幻だったかのように消えた。
多分、あれはガリアちゃんのスキルによって見せられたものなのだろう。
にしても、皇帝の言葉が本当なら、スキルの影響範囲は世界全土ということになる。
効果は兎も角、恐ろしく広範囲なスキルだ。
「と、いうことでぇ。二ヶ月後に始めるから、アーリィもベクトも、精々頑張って死なないようにね」
「ちょっとガリアちゃん、何考えてこんな事を!? おふざけにしてもやり過ぎだよ!」
「本当にそう思うの?」
「え?」
「本当にこの世界の為を思うのなら、もう根本的な所から変えていかなきゃならないのよ」
この世界を根本的に変える?
その必要はあるのだろうか?
今だって、人々は懸命に生きている。
日々を生き抜き、よりよい暮らしを求めて模索している。
そりゃ、今は目立った進展はないけど、いずれは……
「もう戻るぞ、ガリア」
「え~もう?」
ガリアちゃんの後ろから、見慣れない……いや、どことなく見たような男が姿を現した。
がっしりとした体格に、強い眼差し。
……なんとなくルシードに似ている。
ルシードが年を重ねたら、こんな感じになるのかもしれない。そんな容姿をしていた。
「お前がアーリィ、そしてベクトか」
謎の男が声を掛けると同時に、ルシードとベクトが駆け詰め寄る。
ターゲットはガリアちゃんか!
「状況は分からないが、お前が帝国の重要人物と判断した。ここで捕えさせて貰う!」
まずはルシードが剣を振るうが、魔法障壁に阻まれる。あのとても固そうで多重の障壁だ。
更に超振動ナイフを打ち込むが、障壁は一枚も破れない。
「ルシード……代わる」
ルシードの脇から、ベクトが突撃。
障壁に手を置くと同時に力を込めると、あれほど強固だった障壁があっさりと散り消えた。
一枚だけでなく連鎖するかのように、全ての障壁が崩れ去った。
「うっそ!? 何したの?」
ガリアちゃんも驚愕する。
ベクトがどうやって障壁を突破したのか分からない。多分、スキルで何とかしてるのだろう。
とにかく、これでガリアちゃんを守る物は無くなったのだ。
すかさず、ルシードとベクトが詰め寄る。
しかし……立ちはだかる謎の男。
ルシードの剣を踏みつけて止め、超振動ナイフを持つ手首を掴む。さらにはベクトの拳を、完全に受け止めた。
「……かなりの修練を積んだようだが、まだ足りん!」
謎の男は二人の手を掴み、そのままもつれさせる様にして、投げ飛ばした。
この男、強い!
もしかしたら、ヒルビンのグエルション様と同じぐらいかもしれない。
「障壁を突破してきたのはちょっと驚いたけど、大丈夫だったのに~!」
「さあ、帰るぞ。ここにもう用はない」
「は~い。じゃあね、アーリィ、ベクト」
ガリアちゃんが何やら魔法を唱えると、立ち上る光が二人を覆い、その光の中へ二人は消えてしまった。
「っと、ルシード、ベクト。大丈夫?」
絡まる様に投げ飛ばされた二人だったが、どうやら怪我はないみたい。
ただ、体勢を立て直せず、直ぐには動けなかった様子。
「ああ大丈夫だ。ベクトもな。だが、あいつは何だったんだ?」
「服装からガリアちゃんと同じく帝国の人と思うんだけど……。ねえ、ルシードの親戚だったりしない?」
「言いたいことは分かる。だが、俺に身内と呼べる者は居ない。そのはずだ」
ルシードにも心当たりはないらしい。
でも、あの雰囲気……どう見てもルシードに通じる所があるのよね。
とりあえずあの男の事は後回しにしよう。今はやるべきことが山積みなんだから。
オズボーンは捕らえられ、街アストラロードでの反乱は、これで収束した。
でも、失ってしまったものが、あまりに多過ぎる。
外や街中では、多くの騎士が命を落とした。
そして塔の中では、二人の守り人、レオさんとルイサさんが……
私自身も、今までの相棒であったサテラ君が、二つに折れてしまった。
これから始まる、全世界を巻き込んだ戦争。
私は、どう立ち向かえばいいのだろう?
見えていた道筋が、急に閉ざされたような気がした。