第百二十六話 閑話:貴重な調味料
時は少し戻る。
街に突入した所での話。
街に入ってから、レオさんとルイサさんが単独で先行してしまった。
二人と合流するため、私はルシード、ベクトと一緒に街の中心を目指して進んでいた。
その途中での出来事。
「あ。ちょっと待って!」
思わず足を止めた。
「どうした?」
「何かあった?」
二人が振り返る。
私の目を引いたのは、通りにある小さな個人商店だった。
ほとんどの店は閉まっているのに、そこだけは開いたままになっている。
閉める暇がなかったのか、それとも閉められない事情があったのか……
いずれにせよ、商品はそのまま並んでいた。
その店先に……
「いや、驚くほどお野菜……というか、全体的に驚くほど高いのよ」
私のお家のある街ヒョーベイに比べて、随分と値段が高いのだ。
野菜に限れば、数倍にもなっている。
でも、ルシードもベクトも、特に驚いた様子はなかった。
「ああ、この街の事を考えれば、不思議でもないだろ」
「そうなの?」
ルシードが教えてくれる。
「この街では、野菜や肉と言った食料品を殆ど作っていないと聞いたことがある。ほぼ他の街からの輸入に頼っているんだ」
「でも、街は基本自給自足なのよね? なんでこの街だけ外に頼ってるの?」
「この街は、魔法に偏重しているからな。トースアースとか、他の街にもそういう特色に偏重している所はあるんだが、ここは特にその度合いが極端だ」
「ふ~ん……」
なるほどなるほど。
食料の生産を捨ててでも、魔法に特化した街か。だから、お金がかかっても食料は輸入に頼る。
並んでいる野菜の種類も、最低限のものしかない。
このことからも、食に興味が薄かった様子が分るね。
……あ、お菓子類は値段が普通だ。
「折角だから、ちょっとだけ買っておこうね」
「ちゃんとお金はカウンターに置いて置くんだよ」
ベクトが、カステラのような甘くて携帯しやすそうなお菓子をチョイスしている。
確かに、食べ物は持ってきてなかったから、ちょっとぐらいは……おや?
ふと、商品棚の一角に目が留まる。
並んでいる小瓶のひとつを手に取った。
「もしやこれは……カレースパイス!?」
地球にはあって、この世界には無い食べ物は多い。
カレーもその一つだ。
香辛料自体はあるのだけど、知っている物と微妙に違うし、そもそも香辛料の組み合わせなんて詳しくなかったのである。
そこへ来て、これだ。
見た目は、ほぼカレー粉。香りを確かめたいけど、瓶に封されちゃってるなぁ。
更には価格だ。
「……高っ!」
小瓶ひとつでこの価格。
カレー味だとして、一食か二食ぶんくらいしか作れないと思うけど、それにしては値段が……
私の持ち金からすれば、大した額では無い。
でも、未だに抜けない地球での金銭価格が、厳しく私を戒める。
とはいえ、このスパイス、他の街では見かけたことはない。
もしかして、ここでしか作られていないのかもしれない。
くぅぅ~……悩む!
「おい、アーリィ。そろそろ先に進むぞ」
「ルシード、ちょっと、ちょっとだけ待って!」
ええい、女は度胸だ!
お金をカウンターに置く。結果、お財布がすっからかんになってしまったが……
その代わり、手に入れた!
カレースパイス(?)の小瓶を三つ!
大事に、大事に、ドレスの内ポケットへ収納する。
「二人とも、ごめん。お待たせ!」
「よし、じゃあ先に進むぞ!」
戦いへ向かう気持ちを引き締めながら――
心の片隅では、家でカレーを作って美味しく食べる妄想を膨らませていた。
――ちなみに。
この街での戦いが終わった後、
カレースパイスの小瓶は、全て破損し、私の野望は潰えたのだった。