第百二十三話 奇襲
先程の魔法のせいで、塔の外が見えるようになった。
そこから丁度、街の外に布陣する連合軍の本陣が見える。
今のところ、異常は見られない。
戦闘はすでに終わったようで、街中も含めてその騒ぎは見当たらない。
くすぶる煙が、いくらか立ち上っているだけだった。
「ご覧になっていますか? 貴方達の本陣です」
オズボーンが余裕たっぷりに言葉を紡ぐ。
「いやはや、私の軍をここまで打ち破ってしまうとは、立て直すのに一苦労しそうですよ」
「もう貴方達の負けじゃない?」
「いえいえ、ここにいる我々だけでも、立て直すことは可能ですよ。さて……行使するは伝播。エニス・コールランドへ『予定通り開始せよ』。発動」
誰かに、魔法で指示を出した?
その意図はすぐに分かった。
「本陣が襲われている?」
「馬鹿な、何処から出てきた?」
ルシードが驚くのも無理はない。
本陣は森に挟まれている街道に陣取っている。前方はこの街で、後方は街道。
前後から襲って来れば一目瞭然だ。とすれば、左右の森から?でも、森の中は魔獣のテリトリー。誰であれ人が踏み込めば襲われるはずだ。
命知らずが少人数というなら兎も角、街道にも大人数が居る状況で、魔獣が寄ってきていないわけが無い。
「実験は成功のようですな」
「ええ。帝国から頂いた『魔獣から標的にされない香炉』。これがあるからこそ、こうやって反乱し、世界を目指すことを決断できました」
オズボーンは悦に入ったように、得意気に語る。
「御覧なさい。森からの襲撃は無いという常識に囚われているせいで、本陣はまるで無防備でしたよ」
色々と喋ってくれる。
しかし妙だ。
あの男、以前あった時は情報を漏らしてはくれなかった。なのに、今は情報が漏れる事を押さえようともしていない。
まあいい。とりあえずはオズボーンに好きなだけ喋らせておこう。
「さっきから帝国と繋がりがあるように言ってるけど……貴方達、帝国の子飼いってこと?」
「ふん。帝国エインドレスから色々と貰った事は事実だ」
オズボーンが鼻を鳴らす。
「だが、彼らは私達を侮り過ぎた。こうやって先手を打って反逆する事すら、想像していなかったのだからな!」
「反逆? ってことは、この反乱、帝国は関係ないってこと?」
「反逆自体は、帝国の予定にあったことだろう」
オズボーンが薄く笑う。
「我々を帝国の先兵として使うつもりだったのだろうが……アノン殿のご助力により、反乱を大幅に前倒しさせて貰いました。この段階ではまだ帝国エインドレスも準備が整っていない。これを以って、帝国も私達に下って頂きましょう!」
なるほどなるほど。ポイントは、やはりあのアノンとかいう男か。彼が引き金となって、今回の反乱が起こった、と。
「さて、貴方達の本陣も、そろそろカタがついた頃合いか。これが終わったら、直ぐに再編成しなければ……む? どういうことだ?」
オズボーンの視線の先。連合軍本陣での戦闘は既に終了していた。
「残念でしたね。あそこにはキョウスティンの最強こと、アレクシス様が守っていたのよ。キョウスティンの騎士達も居るわ。いくら不意を突こうとも、貴方達程度じゃ返り討ちでしょうね」
「な! あれが居たと!?」
オズボーンの表情が、一気に焦りへと変わる。
そりゃそうだ。アレクシス様とその騎士団は、この世界の最高戦力の一つ。彼らが守っている限り、どんな不意を突かれようとも、本陣が落ちることなんてありえない。
「さて、聞きたいことも聞けたし。あの子も居ないんじゃ、もう終わらせるしかないよね」
レオさんやルイサさん、そして――サテラ君のためにも。
オズボーンは慌てて後退し、配下に色々と指示を飛ばしながら構える。
「こうなったら、メテオをあの本陣に落としてやるだけだ! お前たちはここで死ぬと良い!」
ルシードとベクトが、私の前に出て構える。
オズボーンのメテオやディス・インテ・グレートは脅威だが、この場では使いようが無い。
身のこなしから、ムツミ程の実力も無い様だし。
この程度の人達なんか、私達で蹴散らしてくれる!
オズボーン達の実力は大したことは無いとはいえ、遮蔽物の無い広い空間で距離を置いて対峙している。
あの人数が一斉に魔法を使われると危険だろう。
それにアノンがどう動くかも気になる。先にアノンを押さえるべきだろうか?
ジリジリとタイミングを計っていた所に、突然の横槍がオズボーン達に降り注いだ。
完全な不意打ちに、オズボーン達は瞬く間に数を減らす。
「何!?」
不意打ちの魔法が飛んできた方向。
恐らく塔の先端屋外に繋がる階段に、その子がいた。
「ほんとによくもまあ、こんな余計な事をしでかしてくれたわねぇ! 特にアノン。何時か裏切るとは思ってたけど、バッカじゃないの!」
黒いシルクの軍服、ゴシック調のレースとリボンで飾られているそれを纏っている。
豊かな髪のツインテールを揺らしゴスロリのディティールを放つその子は、私が探していた子ガリアちゃんだった。