第百十七話 強獣
ワイルドクーガーが少し回り込みながら駆ける!
「早い!」
レオさんが迎撃の槍を生成するけれど、それを軽々と避け、そのまま大きく飛び越える。狙う先は……騎士達だ!
「ぐぅ!」「ぎゃぁ!」
その巨体の体当たりを受け、悲鳴を上げて吹き飛ばされる。ただ、それはまだ良かった。
一人の騎士が口に咥えられ、そのまま連れ去られる。
「た、助けっ・・・ぐわぁ!」
ワイルドクーガーが騎士を咥え直し、その腹に鋭い牙を突き立てる。
二度、三度と噛みしめるたびに騎士の呻き声が響き、やがて血が床に広がる頃には、もう声は聞こえなくなっていた。
「この畜生が!」
再びレオさんの生成した槍が放たれるが、ターゲットを捉えることが出来ない。
「魔物に近づかないで!」
ルイサさんの放つ爆発も加わるが、それすらも巧みにかわされる。
ワイルドクーガーが攻撃を避け、大回りに駆けまわる。
物言わなくなった騎士を捨て、次のターゲットが……レオさんだ!
しかし、自身を狙っていると悟ったレオさんは直前に大楯を生成。派手な衝突音とともにワイルドクーガーが激突する。
余りの衝突でレオさんは支えきれず、後方へ倒れこんだ。
「今だ! 止まっている所をやれ!」
その声に応じて、まずはルイサさんが爆発を叩きこむ。一発だけでなく、二発三発とこれだけで決着を付けるべく、スキルを撃ち込んだ。
ここが崩落の恐れがある屋内ではなく、屋外であれば倒すに足る爆発を起こせたかもしれない。しかし、その懸念が足を引っ張ってしまい、倒すには至っていない。
「騎士達! 止めを!」
「わ、分かりました!」
動ける騎士数人が、爆煙が残るワイルドクーガーの下に、槍を掲げて突撃する。
その槍は確かにワイルドクーガーに突き刺さった。だが、それでも仕留めるに至っていなかった。
ワイルドクーガーが唸り声と共に爪を振るい、近寄っていた騎士二人を吹き飛ばす。一人は近すぎる事が幸いし、吹き飛ばされただけで済んだが、もう一人は顔を爪で引っかかれ、血を噴き出して倒れ込む。
恐怖を顔に浮かべながら、慌てて距離を取る他の騎士達。
ワイルドクーガーは流石に無傷では無かった。背や腹の皮膚が大きく焼け爛れ、槍も数本突き立っている。後ろ足が引き攣っており、先程までの敏捷性を発揮できないだろう。
普通であれば撤退する。魔物は闘争心が強いが、自身の生命が危機に陥れば流石に逃げる。しかし、この魔物は逃げを選択できないようだ。首回りに首輪のような紋様が浮かび上がっている。恐らくオズボーンにより強制されているのだろう。
「だからと言って、許す訳にはいかないよ」
もしかしたら、ワイルドクーガーは戦いたくなかったのかもしれない。魔法によって戦う事を強制させられているのかもしれない。でも、理由はどうあれ、犠牲者が出ているのだ。時間も無く、避ける事も出来ない。残念だが決着を付けない訳にはいかないのだ。
そのワイルドクーガーの前に立ったのが……ルシードだ。一息に殺すため、首目掛けて高周波ブレードを振り下ろす。
ワイルドクーガーも本能的に危険を感じ取ったのか、咄嗟に後退する。首の代わりに頬が浅く切り裂かれた。
高周波ブレードは高エネルギーにより対象を溶断するため、切り裂かれても血は出ない。その傷の痛みは、ワイルドクーガーの闘争心が生存本能を上回るほど滾らせた。
ワイルドクーガーの猛攻。牙と爪でルシードに襲い掛かかる。しかし、ルシードはその攻撃を全て見切り躱す。
躱しながらブレードを振るうが、しなやかな動きで回避されていた。
攻守がめまぐるしく入れ替わる。
その時間はほんの僅かであったが、見ている私には長い時間の様に感じられた。
拮抗していたが、やはりワイルドクーガーの負傷が響いている。最初の様に広い範囲を駆けることができず、限られた範囲で対処しているのがそれを表していた。
これ以上長引かせまいと思ったのか、一瞬の溜めの後にワイルドクーガーは力を込め、出来うる最速の速度で爪を振るった。
その攻撃は見事だった。この一撃を避けられる者が、この世界にどれほどいるだろうか? そう感じさせる一撃。
だが、ルシードはその攻撃に合わせた。ブレードを振るい、狙い澄ました一閃。
ワイルドクーガーの前足が宙を舞う。
自身はそれが他人事かのように、残った腕を振るうが、勿論ルシードには届かない。
「お前は強かったよ。お前の事は、俺が覚えておく」
返す刀がワイルドクーガーへの止めとなった。
「オズボーンの野郎、ふざけやがって」
「この場所が悪いのです! 全力さえ出せれば、あんなの猫でした!」
レオさんとルイサさんが悪態を付いた。この街に入ってから、二人は相性の悪い相手ばかりで苛立っているのだろう。
だが、敵はまだ上階で待ち構えている。
「負傷者を後方に回せ! 次からは俺様だけでやるからな。お前たちは後方の警戒だ」
騎士達に指示を飛ばすレオさん。自身の力を見せつける事に躍起になっているようだ。
良くない傾向だと思うが、今は止められそうにない。
折角のチームだ。私達が二人を支えてあげないと。
レオさんは苛立ちで足を踏みしめながら、先行して上階へと進む。それにルイサさんも続く。
私達もお互いに目線を交わし、頷いて後を追った。