第百二話 過去からのメッセージ9
「全員、話を聞いてくれ」
総司令が声を挙げる。その目は怒りも悲しみも無い。至極冷静な態度だった。横には中将が控えている。
全世界の状態確認と、各地への対応と指示で目の回るような状態だった局員達が手を止めて総司令に注目した。
世界は予言通り、滅びる縁に立たされている。何とかしなければという焦りが全員の胸中を駆け巡っていたが、総司令には従わなくてはならない。
不安と焦りの表情をそれぞれ浮かべながら、局員達は総司令の言葉を待った。
「残念ながら、予言の通りとなってしまった。武芸者たちと神霊局員の尽力により、魔獣には呪いが覆い、何らかの弱体化を成すだろう。もしかしたら滅ぼすところまでいくかもしれない。だが、呪いはどれほど強力であっても直ぐに効力を発揮しない。魔獣の行動を縛るのに途方もない時間が必要だろう。しかし、その時間で人類は滅びてしまうかもしれない。そこで君達に指令を下す。各自、生き残った避難所に赴き、そこで耐えるか、あるいはそこから退避するか。現地を直接見て、それぞれで判断し行動せよ」
続いて中将が前に出た。
「君達に全権限を付与した。これでセキュリティが邪魔することも無いだろう。ガードマシン……ゼオメグナも含めて全機、人を守るよう自律動作させている。必要と思われる物資もポイントに集めておいた。全て持って行き、人々を助けるために役に立ててくれ」
混乱気味の局員達に向けて、総司令から最後の言葉を告げた。
「皆の働きによって、人類が生き残るかどうかが決まる。最後まで諦めずに生き残ることを期待する!」
「強制転送を実施する! 今は動くな!」
局員によるざわめきが一気に消えた。それぞれの周囲に光が走り、全国各地へと飛ばされていった。
これでいいーー局員たちは各地の生き残っている人々を導き、生き延びる道を模索してくれるだろう。全員が生き残れるような状況では無い事は承知しているが、全員が生き残ってくれることを祈るぐらいは良いはずだ。
「さて中将。最後に付き合ってくれて助かるよ」
「総司令も偶には運動をなさってください。こういう時になまくらの動きしか出来ないようでは、部下に示しが付きません」
「そういうなよ。この歳になると日常生活も大変なんだからさ」
総司令と中将は机の引き出しから小さめの銃を取り出し、服の襟を触る。
銃は機関銃に展開し、服は光るラインが走り、装甲服へと変化した。
彼らはそれぞれ銃の具合、装甲の稼働具合を確認する。
「遺書は用意したかね中将?」
総司令は引き出しから『遺書』と筆書かれた封筒を出して、机の中央に置いた。
「また古風な物を用意しましたね。そんなもの、誰かが発見してくれないと、焼失するなり風化なりして読めなくなりますよ」
「儂の趣味なんだから良いじゃないか。どうせ受け取ってくれる人もおらんしの。で、中将は用意した?」
「今、記録していますよ」
中将は視線を向ける。
「この記録を見てくれている者に問いたい。局員達は人々を助ける事が出来ただろうか? 人はどれぐらい生き残っているだろうか? 命を賭して掛けた呪いは、魔獣を戒める事が出来ているだろうか? 私達の働きが、良い未来へ繋がっている事を願う……この記録を見てくれた人に土産程度は残そうと思う。この映像の再生が終了すれば、この部屋の各所にこの時代の様々な物を入れた収納が開く様に設定した」
映像の向こうから「面白そうなものも入れておいたからの」と総司令の声が聞こえる。
「……余計な物も入っているようだが、是非、貴方達の時代を生きる助けとしてくれ。この記録を、私の遺言とする」
総司令が立ち上がり、中将も向き直る。
「では心置きなく行こうか。少しでも人々が生きる道筋を作る為に」
「ええ。お供します」
総司令と中将が並んで部屋を出た時に、映像の再生は終了した。
先程中将が言っていたお土産だろうか? 電子音と共に何ヶ所かの壁がスライドしストレージが解放され、中にある物をあらわになった。
銃らしい物や剣らしい物、腕輪や服などもあるが、殆どが良く判らない物だ。
「なんか……すっごいの見たね」
「ああ。しかし、話だけに聞いていたあれが本当の事だったとは」
ルシードは窓の外に視線を向けていた。どんな事を思っているのだろうか?
他の人達は中将の残したお土産に群がっている。色めき立つ声からきっと良いものが残されていたのだろう。ここに来た甲斐があったというものだ。
私は思う所が色々あるが、ただ今一つ言えるのは。
「まだこの世界は終わっていませんよ、中将」
この世界は未だ魔獣の脅威が残っている。その為に人類の生活圏を広げることが出来ていない。
それでも……この世界の人々は絶望せずに生きている。