第一話 始まりは成り行き任せに
宜しくお願いします。
何処までも見通せるほどの気持ちの良い青空。木々が視界を塞いでいるせいで満喫は出来ないが、それでも久々に見上げるという行動も相まって良い気分。適度なそよ風で暖かな日差しの最中に適度な涼を感じていた。ちょっと鉄臭いのは気にしない。
私の足元には木製の荷台? がある。派手に壊れてしまっているので、もうその役目は果たせないだろう。全木製なんて最近見かけたことなんて無いので、ちゃんとした姿が見られなかったのはちょっと勿体なかったかな。まあ、私の予感が、これからいくらでも見られると告げているので、次に期待しよう。
良い気分で良い期待を持ったまま、周囲に目を向ける。飛び散る血、悲壮な助けを請い求める悲鳴。う~ん地獄だなあ。十数人の人たちに、筋肉山盛りの狼男のようなのが、牙と爪で襲い掛かり、一方的な虐殺を繰り広げていた。
上がっていた気分が、急速に冷える。ホラーとかスプラッタとか結構平気だったんだけど、視覚と共に死臭を感じると関係無く気分が悪くなるんだね。初めて知ったわ。
「それにしても……どうしてこうなった……」
確かその日は、噂に聞いた全く新しいシミュレーターで遊ぶために、急いで家に帰ったのを覚えている。万一事故や怪我でもしたら余計に遅れると思っていたので、信号もきっちり守り、安全を確認すらしている。自分がルールを守っているからといって絶対安全ではないからね。
一人暮らしの家に帰り着くと、動き易い部屋着に着替え、ちょっとしたお菓子と飲み物を用意してからパソコンに電源を入れる。
幸い、手持ちには余裕があるので、パソコンはスペックが高めのデスクトップ型を使っているのよ。動作が早く静音性も高くて、値段分の価値はあったと……多分思う。
噂に聞いたシミュレーターは「未知と幻想の箱庭」、聞くところによると世界丸ごと1つを生成して、自分の思う通りに出来るらしい。その世界を眺めたり干渉したり体験したりと神様ごっこが出来るという事だね。これでも街づくりゲームは好きな方(得意ではないが)なので、友人からの誘いもあって遊んでみる流れになったのだ。
明らかに現在技術を超えたゲームではあるのだが、その辺りの知識はとんと無い私。怪しみもせずに「凄い時代になったものだ」と感心したのを覚えている。
友人から貰ったQRコードからサイトに飛んでソフトのダウンロードを開始する。むむ、かなり重たいな。世界一つを作るゲームなんだ。相応に重くなるんだろう。かなり適当な知識でそのように思う。難しいことは詳しい人に任せれば良いのだよ。私は使えればそれで良いのだ。
飲み物を一口。スマホで明日の予定を確認だったり色々と時間潰しをしている間にインストールも済んで準備完了!
「さて、どんなもんかね」
で、気が付けばこの有様。
これが話に聞くゲーム世界に転移? ソフトを起動したらこんなトラップがあるとは思いもしなかったよ。
人vs狼男は、狼男の優勢、というより一方的な状況。人側は剣を持って防戦するのに精いっぱいのようだ。冷や汗と血を流しながらも必死の形相で自分に来る攻撃を防いでいる。それでも僅かな時間稼ぎにしかなっていないようだ。
狼男の攻撃は早く、鋭く、力強い。人が持った剣を爪で薙いで圧し折っている。素早く横に回り、腕に爪で大きな裂傷を負わせる。人が怯んだり逃げ出した所で首に噛み付き、グロい結果に。
「これは……悪いけど、私は逃げた方が良さそうね……」
異世界転移物はそれなりに読んだり、アニメもちょっと見たことがある。チートとか貰って現地で無双するやつね。だけど、私にはできそうもない。ゲーム世界への転移の場合は最強装備だったりゲーム知識で無双するらしいけど、そんな最強装備は持ってないし、このゲームは概要を話に聞いただけで、プレイも結局していない。どうせ転移するなら恋愛系が良かったなあ。
とりあえずはそういう訳で、私にはこの人達を助けることは出来そうにない。下手に助けようとしたら、大した事が出来ないまま私も既に横たわって動かない人の仲間入りになるだろう。そういう訳で、私はクールに去るぜ。アデュー、見知らぬ人達。無力な私を恨まないでくれよ。
周囲は木々で覆われている。空を見ても建物は見えない。どちらが人里の方角か判らないけど、この場から離れるのを優先した方が良さそうね。なので、背後の木々に向かってこっそりと移動する。
「私は空気、私は木……」
何となく無心で抜き足差し足移動。幸いにも狼男は虐殺を繰り広げるのに夢中で、私に全く気が付いていない。
ここで一気に駆けると一斉に注目されるのがお約束だ。お約束は好きだが、流石に命を掛ける程じゃない。好奇心は猫を殺すのだ。
自制の賜物か幸運か、最後まで気が付かれることなくあの場を離れることが出来た。あの人たちの悲鳴ももう聞こえない。
「さて、この後はどうしようかな。人里に辿り着けられれば良いんだけど……」
森の中で下手に歩くと余計に迷って危険って聞くけど、あれは外から来た場合の話よね。気が付いたら森の中に居た場合、どうすれば良いのかな?
足元の根っこや枯れ木、落ち葉が足に引っかかって歩き難いったらありゃしない。森の中にしては虫が少ないのは助かるけどね。
そこで私は気が付いた。
「あれ? 部屋から転移したはずなのに、私靴を履いてる」
靴だけではない。服装もそうだ。リラックスできる部屋着ではなく、外出用の服装になっている。
袖なしの黒シャツに白の肩掛け、ロングスカート。シンプルだけどさり気無い可愛さがお気に入りの一式だ。
外出用の服装になっているのは謎だが、この際考えない様にしよう。考えても解らなさそうだし、判明したらどうなんだって話よね。
私は苦労しながら森の中を進む。何か変化があるまで進むのだ。変化があればその時考えよう。日が落ちても変化が無かった場合のことは考えないでおく。
幸いにも期待した変化が、程なくして現れた。
「やった、家だ!」
木々の隙間の向こうに、開けた平地と明らかに人が住んでそうな家々が見えた。悪路を進んで、私の足首が痛くなってきた所で助かった。助かると判ると力が出てくる。もう少し頑張れば良いのだ。にしても、明日は筋肉痛があるかもしれないな。お湯を貰えたらマッサージをしよう。
森を抜けて平地になった所に出る。未舗装の道が横にずっと続いている。道の境界線を知らせるものなのか、杭が道に沿って埋め込まれていた。
そこで一人の女の子が、私を待っていたかのようにその杭を椅子代わりに座っていたのだ。
ハッキリ言って可愛い子だ。流石ゲーム世界。
赤い瞳に赤い髪。整った長髪は良い所の子を想像させる。服装は白いワンピースで彼岸花をあしらった様なデザインが描かれていた。
「待っておったぞ。私はヒガンという。疲れているじゃろうが、もう少しだけ歩いてもらうぞ。案内してやろう」