Che tipo di carne avete? 何の肉ですか?
村に来て四日目。
朝食後、私室で銃の点検をしていたアベーレは、どこからともなく聞こえるドアノッカーのような音にふり向いた。
住んだばかりの屋敷なので、まだ間取りを把握しきれていない。
しつこく鳴らされている。どこからの音かと視線を泳がせた。
玄関口だろうかと思いいたり顔をしかめる。
「だれか!」
椅子に座ったままそう声を上げる。
「だれかいないのか!」
しばらく銃の安全装置をながめてから、いる訳がないではないかと気づいた。
あわてて椅子から立つ。
早足で部屋の出入口に向かいドアを開けると、ヨランダがスカートをからげて玄関ホールへと向かうところだった。
「お待ちになって、いま……」
「待ってください、姉上!」
アベーレはいそいであとを追った。
「暴漢などであったら。私が出ます!」
ヨランダを追いこして階段を降り、アベーレは玄関ホールを走りぬけて玄関扉のノブに手をかけた。
少々弾んでしまった息を整えて扉を開ける。
玄関前にいたのは、マリアーノ副助祭だった。
よく晴れたさわやかな陽光を背に、品良く微笑している。
「副助祭どの……」
何となくアベーレは拍子抜けした。
「べつにあわてて出てくださらなくても大丈夫ですが」
「いや……玄関口で人を出迎えるというのに慣れていなくて」
アベーレは所在なく前髪をかき上げた。
「分かります」
マリアーノが答える。
そういえば良家の出身だと野菜を買った家の老婦人が言っていたか。
「落としものを届けに来たのですが」
「落としもの」
そう復唱したアベーレの目の前に、マリアーノはイニシャルの刺繍されたハンカチをさし出した。
ここにきたとき、夜道を帰る御者に持たせたものだ。
「上等な布にA.C.の刺繍となると、ほぼ確実にあなたの持ちものであろうと」
「ああ……」
そう返事をして、アベーレはハンカチを受けとった。
わずかに土の色がついているが、ひどく汚れているわけではない。
御者のポケットに入れてやったときのまま、きれいに折りたたまれている。
「どこで」
「村の外れのほうの山道ですが」
山道とはどのあたりだと思い、アベーレは周辺の景色を見回した。
こんもりと盛り上がった森の方角をマリアーノがながめたので、そちらかと見当をつける。
「慣れない方が、あまり人気のないところに行かれないほうが」
マリアーノが言う。
「ここにきたとき、乗せてもらった御者に持たせたものだ。帰るさいに落としたのだろう」
「チップ代わりという感じで?」
「いや」とアベーレは苦笑した。
「何というか御守り代わりに。人狼のウワサを聞いたと怯えていたので」
マリアーノがハンカチに目線を落とす。
「御守りにハンカチを持たせるなど、めずらしい風習ですね。ご出身の土地のまじないか何かですか?」
「そういうわけではないのだが……」
アベーレは苦笑した。ハンカチをポケットにしまう。
「それで御者は。とくに危険な目に遭ったというわけではないのだな?」
「まあ……周辺の様子で判断するならば。死体が見つかったわけではないですし、血痕があったわけでもない」
「ならよかった」
コツ、と背後から靴音がした。
肩からかけたショールを軽くおさえて、ヨランダが近づく。
「副助祭さま、お茶を淹れますわ。よろしければなかへ」
「ええ……」とマリアーノが返答する。
いまさらながらアベーレは、マリアーノが見目の悪くはない若い男性であることに気づいた。
何となくだが、ヨランダと二人きりの屋敷のなかに招くということに引っかかりを覚える。
「姉上、副助祭どのはお忙しいでしょうし……」
「いえ、少々なら大丈夫ですが」
にこやかにマリアーノが言う。
アベーレは作り笑いを浮かべながらあさっての方向をながめた。
「紅茶くらいしかお出しできないのですが」
ヨランダが優雅に微笑して食堂広間のほうへとマリアーノを誘導する。
「そうそう」とつぶやいた。
「副助祭さま、腸詰め召し上がります?」
「サルシッチャですか」
マリアーノが玄関扉をしずかに閉める。
「わたくしが作ったものなのですが」
ヨランダが言う。
ほお、とマリアーノは返事をした。
「ヨランダ殿のような、やんごとなき御方が手ずから」
何でもない雑談のたぐいの言い方だが、アベーレには口説き文句のように感じられる。
「何のお肉で」
「たぶん……」
アベーレはそう言いかけて口をつぐんだ。
いまだ厨房に入れないため、肉の加工まえの様子を自身で確認していない。
無人の厨房に置きっぱなしの肉を、ヨランダがイノシシらしいと見当をつけただけだ。
そう言われたら、他人は眉をひそめるだろう。
「イノシシ肉です」
「イノシシですか」
マリアーノがそう返した。