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人狼村の偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 3 教会の廊下を歩く人狼
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Lupo mannaro nel corridoio della chiesa. 教会の廊下を歩く人狼

 礼拝が終わり、村の住人たちがぞろぞろと礼拝堂から出ていく。

 ヨランダに帰ろうかと目配せし、アベーレは席を立った。

 出入口を通って行く者の服装をざっと見ると、大半が畑を耕すか家畜を飼って生計を立てている者と思われる。

 おもむろにこちらに近づいたマリアーノ副助祭(ふくじょさい)に、アベーレは尋ねた。

「このあたりの主な産業というと、何かな」

「伯父君はお戻りになられましたか」

 アベーレは、副助祭のほうを向いた。

 思っていたよりも近くまでよってきていた。目が合うと、マリアーノが微笑する。

「いや……まだ」

「この近くのブドウ農家の方も、きのうから行方知れずなのだそうです」

 マリアーノが、ブドウ農家の家のほうと思われる方角を眺める。

「主な産業はブドウか」

「そうですね。ブドウとオリーブ、あと小麦といったところですか」

 マリアーノがゆるく腕を組む。

「とくにここ十年ほどはワインの評判が良くて、(もう)けていた者もおりますが」

 礼拝堂内の席には、いまだ数人の者が残っていた。その者たちもやがて億劫(おっくう)そうに立ち上がると、ぼちぼちと帰って行く。

「あんがい豊かなのだな。うちでは完全に忘れられていた所有地だったので、寒村なのかと思っていたのだが」

 アベーレは(あご)に手を当てた。


「……なら税収はどうなっていたのか」


 じっとこちらを見たマリアーノの表情が、不自然に無表情な気がした。

「ああ……すまん。行方知れずの者がその後も出ているのか」

「ええ。きのうから行方知れずなのは、そのワインで儲けていた方の一人ですね」

「ときおり村外れに肉片が転がっているなどと聞いたのだが」

「死体はどれも肉片には変わりないですよ」

 マリアーノがにっこりと笑う。

「……まあ……そうだな」

 やや困惑してアベーレは返答した。

 人当たりは良いが、微妙に感情のつかめない人かもしれんと思う。

「つまり行方知れずの者が死体で見つかることもあるにはあるが、ウワサで言う “肉片” は大袈裟だと」

 まあ……とマリアーノが曖昧(あいまい)な返事をする。

「見つかるまでに野犬に食い荒らされていることもありますから、やはり損傷はあることも多いのですが」

「その辺が人狼のウワサにつながっていったということか」

 アベーレは、なにげなく祭壇の装飾を見た。

 田舎の素朴な教会という感じだが、そんなに豊かならもう少し豪華でも良さそうな。

「伯父君は、いまだお帰りにならないですか……」

 マリアーノが、スタスタと祭壇のほうにもどる。

 若い娘や子供ではないのだ。そこまで心配はしていなかったが、そろそろさがしたほうがよいだろうか。

「そういえば、今日の礼拝には司祭殿がいなかったようだが」

 マリアーノはひざまづき台のそばに行くと、置いてあった聖書を手にとった。


「腰を痛めておりまして。私室で静養しております」


「はあ、腰を……」

 アベーレは教職たちの生活棟のほうを見た。

「ご自愛されよとお伝えください」

「伝えておきます」

 マリアーノが微笑して返す。

 もういちど「帰ろうか」とヨランダのほうに目配せする。

「司祭殿にはまだいちどもお会いしていないので。正直、今日こそはごあいさつできるかと思っていたのだが」

「あせることもないでしょう。あなた方が教会を訪れたことは伝えておりますので」

 マリアーノが言う。

「そうか」

 ヨランダが(しと)やかな仕草で席を立つ。通路のほうへと移動した。


「聞いてよろしい?」


 礼拝堂の出入口に向かおうとしたマリアーノを、ヨランダが呼び止めた。

「はい」

「行方知れずの方は、いままで何人でいらっしゃるの?」

 ああ……とマリアーノは宙を見上げた。

「人狼の仕業とウワサされているものということですか?」

「ええ」

「八人……かな」

 マリアーノが答える。

「田舎の村としては大きな数だな」

 アベーレは顔をしかめた。

「周辺の村なども含めると、十人以上になるかと」

「十人」

 ヨランダはそう復唱し、アベーレの顔を見た。

 美しい顔が、不安ですがるように見える。

「大丈夫ですよ、姉上。武器は用意しましたから」

「武器をお持ちですか」

 聖書を脇に持ち、マリアーノが問う。

「刃物? 銃ですか?」

「銃ですが」

「それはけっこう」

 マリアーノは生活棟につづくドアを開けた。

「何かあったときには知らせてくだされば駆けつけますが、知らせるヒマさえないこともありますからね」

 「そうだな」とアベーレは返事をした。

狼煙(のろし)の上げ方はご存知で」

 マリアーノが尋ねる。

「……狼煙」

 ずいぶんと古典的なとアベーレは苦笑した。

「上げたことはちょっと。理屈は知っているが」

「街中と違って一件一件が離れているこういった地域では、あんがいと馬鹿にできない連絡方法で」

「副助祭どのは上げたことが」

「ないのですが」

 マリアーノが微笑する。

「はあ……」

「だが、いざというときには使えるのではと思っています」

 言っていることに間違いはないのだが、何となく分かりにくい人だとアベーレは思った。

「では」

 マリアーノが、こちらを見ながら廊下に踏みだす。


 廊下の向こう側を、ゆっくりと横切って行く人物がいた。


 成人男性のようだ。

 体型の感じからすると、年配の男性だろうか。

 長身でがっしりと恰幅(かっぷく)のよい感じ。

 逆光で見えにくいが、仕立てのよい服を身につけているようだ。

 頭部が異様に大きい気がする。

 ボサボサの毛先。

 クセの強い長髪なのかと思ったが、通りすぎる瞬間に違うと分かった。

 鼻と口が大きく前に突きだし、耳元まで裂けた口からは大きな犬歯が覗いている。


 狼。


 アベーレは、男性の通りすぎたあたりを凝視した。

 廊下の一点をじっと見つめるアベーレの表情を、マリアーノが怪訝(けげん)そうに伺う。

「何か」

 マリアーノが振り返り、男性の通りすぎて行ったあたりを見る。

「いや」

 アベーレは短く答えた。

「……ウワサで言われている人狼とやらは、はっきりと姿を見た者はいるのか?」

「ええ、まあ」

 マリアーノは宙を見上げた。

「ただ、真夜中に遭遇(そうぐう)したという証言ばかりですからね。暗かったはずですし、酔っていた方もいて」

「遭遇したらその場で襲ってくるのか?」

「いいえ」

 マリアーノが答える。


「何もしないで暗闇に消えるそうですよ」


 アベーレはそわそわとポケットに手を入れた。

「ではやはり、死体で見つかる者は人狼に襲われたわけではないということにも」

「ええ。私は追い剥ぎか何か狼藉者(ろうぜきもの)であろうと」

 マリアーノが答える。

「いずれにしろ銃はお持ちのほうがいい」

「そうだな」

 アベーレはそう返した。

 ヨランダのほうを振り返り、アベーレはもういちど「帰ろう」と促した。





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