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人狼村の偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 15 罪深き偽りの連鎖

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Catena di bugie peccaminose. 罪深き偽りの連鎖

 教会の食料倉庫。

 うしろ手に縛られ床に座らせられた中年の男とフィコ、ラウラをまえに、どっかと椅子に座った伯父が脚を組む。

 ヨランダとともにかくしていた帳簿二冊を、アベーレは伯父に手渡した。

 本来はとり調べなどする場所ではないだろうが、移動させて抵抗されるリスクを考えたらここでよいだろうと伯父が判断した。

 背後には、フィリッポ執事に加えて司祭、助祭とマリアーノが立ち会っている。

 緊張した雰囲気と、横目に見える野菜や穀物のギャップが何かシュールだ。

 伯父が二冊の帳簿を受けとり、ペラペラとめくる。


「二重帳簿なのは分かったが、筆跡が違う。片方を書いたのは銀行家だろうが、もう片方を書いたのはだれだ」


「お……俺じゃねえ!」 

 中年の男が必死の形相で声を上げる。

 手を縛る縄が、ギチギチと音を立てた。

「ということは、おまえか」

 伯父がシレッとそう返す。

 マリアーノが一瞬だけ顔を伏せる。笑いをこらえたのか。


「か、片方を書いたのは、ワインに関わってた村の人たちです。銀行家さんに、言われた数字を書けばいいって言われで。文字が分がんねえがら、数字の形だけまねして」


 フィコが観念したようにぼそぼそと語る。

 寄り添うように座ったラウラが、泣きそうな顔でフィコの顔を見た。

「なるほど」

 伯父がかたわらの作業用テーブルに(ひじ)をついてうなずく。


「それで、おまえも書いたのか」

「あ……あの、最初はお手伝いでぎるんだど思って。でも、少し学のある村の人が、帳簿はふつう一冊なのに、ちっとおがしくねえかって言いだしで」


 「そんで」とフィコは口籠(くちごも)りつつ続けた。

「銀行家さんに、おかしいのかって聞いだら、お金やるからって言われで。ぜんぶ分かってて受けとってる人もいるがら、そういうもんだって言われで」

「ほお」

 伯父は中年の男を見た。

「俺は受けとってねえ!」

 中年の男が声を上げる。


「司祭」


 伯父は司祭のほうに目配せした。

 司祭が調査内容を記した紙の束をめくる。

 アベーレは、おだやかそうな年配の司祭を見た。今朝この取り調べのまえに、ようやく顔を合わせることができた。

「彼は、銀行家から複数にわたって小切手を受けとっています。両替商にも確認いたしました」

「両替商には、うちの執事も改めて話を聞いている」

 伯父は言った。

 「わしは顔を合わせるわけにいかんかったが」とつづける。アベーレはかたわらで苦笑した。

「それで」

 そう言い伯父が(ひじ)をつく体勢を少し変える。


「殺しは。どんな経緯だ」


「えと、みんな段々おかしぐねえがって言いだして。そしたら、この人が」

 フィコは中年男のほうを見た。

「……そのうちの一人を、……いぎなり(おの)でたたき殺して」

 中年の男がフィコを睨む。

「帳簿に一個でも数字書いだやつは、みんな共犯だぞって。領主さまが戻ってくるらしいがら、縛り首になりだくなかったら協力しろって」

「フィコ、てめえ!」

 中年の男が声を荒らげる。脚を伸び縮みさせてフィコを()るような仕草をした。

「ほんで、どうにも協力しだくなさそうな顔しだやつは、殺さねえと秘密守れねえぞって言われで」

「ウソつくな、こら!」

 中年の男が怒鳴り声を上げる。

「その辺の裏付けについては、あとでほかの生き残った者にも話を聞くが」

 伯父がそう言う。


「……なかには領主さまに正直にお話するって言っだ人もいだんだけど。ちょうど人狼が出るってウワサ立ちはじめで、人狼のせいにして誤魔化(ごまか)せるじゃねえかってこの人が」


 フィコが言う。

 伯父がきつめに眉根をよせて複雑な表情をした。

「領主に言えば言ったそいつも縛り首だぞ! フィコ、おまえも分がってんのが!」

「俺もう無罪になんの諦めだ! その代わりラウラは無罪にしでください領主さま! 俺のためにしかたなぐやったんだ!」

「聞かれたことだけを話さんか」

 伯父が顔をしかめる。

「ラウラ」

 伯父がラウラのほうを向く。

 「ひ」とラウラが小さく声を上げた。

「屋敷にひそんだのは、帳簿を盗むためか?」

 「ひっ、ひっ」と泣きそうになっているラウラを、フィコが横目で見る。しばらくしてから、代わりに口を開いた。


「あの、盗もうとしだけど、ヨランダ様にそのまえに持ちだされてダメだったって。盗んでないです」


 女の幽霊が出たという騒ぎのさいに、ヨランダが帳簿を持ち回廊を通ったのをアベーレは思い出した。そういうことであったかと思う。

 話してくださればよかったのにとも思うが。

「二冊ともここにあるのだから、まあその通りなのだろうが」

 伯父が二冊の帳簿を顔の横にかかげる。

「……フィコは、アベーレ旦那さまとヨランダ様といっしょに過ごしてみだけど、気づいでる感じじゃねえから大丈夫って言っだけど」

 ラウラが声を震わせる。

「き、貴族さまとか学問やってて頭いいがら、証拠をかくさなきゃそのうち絶対バレるって思って」

 ラウラは小刻みに震えていた。つぎの瞬間に縛り首をいい渡される恐怖におびえているのだろう。

「村人同士は殺し合ったとして、銀行家はだれが殺した」

 伯父が問う。

 それは……とフィコが戸惑った顔をした。


「あの人だけは、よく分かんねえです。少しまえがら人狼が自分をつけ回してるんだとが何とか言いだして、すげえおびえてて」


 アベーレは思わずチラリと伯父を見た。

 伯父が何かを思い起こすように宙を見上げる。

「人狼に殺されだんだって言っでるやつと、ちょっかい出した女の旦那にでも殺されたんじゃねえかって言ってるやつと」

「たしかに、見境なく女性に粉をかけるような人物だと村の娘たちが」

 アベーレは言った。

「どんな死に方をしていたんだったか」

 伯父が司祭のほうを振り向く。

「となり村との境の(がけ)のそばで、獣に食い荒らされて見つかったのでしたか」

 司祭がそう答える。

「崖から落ちた事故の可能性はあるか?」

 伯父は(あご)に手をあてた。

「可能性がないわけでは」

「では、これは保留か」

 そうつぶやくと、伯父はアベーレのほうを見た。

 「あと何かあれば」というふうに、拘束されている者たちに向けて(あご)をしゃくる。

「レダはどこにいる」

 フィコに向けてアベーレは問うた。

「……俺の死んだ爺さんが使ってだ農具小屋に」

「あっ、あの!」

 ラウラが身を乗りだす。

「あたしが連れて行こうって言っだんです! フィコはすぐお屋敷に帰そうとしだけど、アベーレ旦那さまに何か言いつけられるがもしれないがら!」

「無事なのか」

 アベーレはそう問うた。二人が同時にうなずいた。





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