Chiesa senza prete. 司祭のいない教会
村の教会の礼拝堂。
椅子に座りアベーレは祭壇をながめていた。
建物は小さいながらも悪くはない。
ひざまづき台の下に少し灰が落ちている。
よく見るとアベーレの座った椅子には動物の毛のようなものが散らばっていた。
ゆうべの鐘の音はもう少し遠くから響いていたのかと思ったが、教会は屋敷のすぐ近くだった。
音が鈍かったが、鐘が錆びてでもいるのか。
「火、いただけたわよ、アベーレ」
教職の者をともない、ヨランダが祭壇の横の出入口から現れた。
手にした手燭には、小さな火がゆれている。
火なら礼拝堂のロウソクにあるのだろうとアベーレは思っていたが、昼間なので片づけていると教職が説明した。
厨房の炉辺なら火があると言われて、ヨランダだけがついて行った。
いまのような生活をしている以上、いつまでも厨房に入れないなどと言っていたら使えない男だと思われてしまう。
まずは厨房に入る努力からだなとアベーレは思った。
「ヨランダ・コルシーニ殿に……ええと」
若い教職がアベーレのほうを見る。育ちのよさそうな金髪の青年だ。
同い年ほどだろうかとアベーレは思った。
「アベーレ・コルシーニだ」
アベーレは、椅子から立ち名乗った。
「アベーレ・コルシーニ殿」
「アベーレでけっこう」
教職の垢抜けていて姿勢のよい感じが、給金が支払えず家に帰した従者を思い出させた。
「ご夫婦で?」
「いや……」
アベーレは答えた。
他人から見ればそう見えるのか。否定したくない気持ちが湧く。
「従姉弟なのだけれど、アベーレは弟みたいなものなの」
ヨランダがそう答えた。
ね、という感じでこちらを向く。
「……は」
アベーレは中途半端な発音で返事をした。
弟か。
やはり子供のころの習慣で「姉上」などと呼んでいたら、いつまでもそう思われるのだろうか。
「私はここの副助祭で、マリアーノ。人手不足なので読師なども兼ねていたりしますが」
マリアーノが、ひざまづき台の下に落ちた灰を見つけ苦笑する。
先ほど気になり眺めていたが、アベーレは気づかなかったふりをした。
「副助祭どのか。司祭どのはどちらに」
「入っていらっしゃるときに見かけませんでしたか? 薬草園の草むしりなどしているのかと思っていたのですが」
「いや……」
アベーレは出入口のほうを見た。
「どこかへ出かけたのかな。そのうち帰ってくるでしょう」
アベーレはヨランダと顔を見合せた。
「私たちの伯父も到着時からまだ会っていないのだが。こちらではご存知ないか?」
「アドルフォ殿ですか?」
マリアーノが尋ねる。
「ああ」とアベーレは答えた。
村はずれの屋敷にひっそりと越してきた没落貴族など、あまり気にかけられていないかと思っていた。
「先にこちらに到着していたはずなのだが、よく行かれてた場所などご存知ないだろうか」
「あの方は、二、三度ほどしかここを訪ねていませんので」
「ああ……そうなのか」
アベーレはそう返した。
「あまり信仰に篤いとはいえない方なので……しかたないな」
アベーレは苦笑した。
礼拝くらいは、面倒でもてきとうに顔をだしておればよいのにと思う。
「村の方たちは? 少しは伯父と話した方などいたのかな」
「よろしければ、何か知っていたら知らせるようドアに貼り紙をしておきましょうか?」
マリアーノが出入口のドアを指す。
「礼拝に来た者はかならず見ることになりますから」
「いまの時点ではまだ大袈裟かな……」
「人狼が出るというお話を聞いたのですけれど」
ヨランダが微笑して問う。
「ええ」
「捕まりまして?」
「捕まってはおりませんが……」
マリアーノが少し言いにくそうな表情をする。
「私個人としては、追剥と野犬の話が混同されているのだろうと。どちらにしろ用心すべきなので真夜中の鐘で呼びかけていますが」
「私もまあ、そんなところだろうと」
アベーレは言った。
ヨランダが手にした手燭の火がゆれる。手の爪先に橙色が映っていた。