Campana di mezzanotte. 真夜中の鐘
新月から十二日目。
だいぶ満月に近くなった月が南天から照らす。
ちょうどいまが真夜中の時間帯か。
「ああ……」
マリアーノがふいに宙を見上げる。
「そろそろ鐘を鳴らす時間帯だ」
「あの鐘か」
アベーレは顔をしかめた。
「音が悪いのは、錆びてでもいるのか?」
「悪いですか?」
不思議そうにマリアーノが問う。
「割れるような音というか」
「お耳がよすぎるせいで聞こえ方が違うのでは」
アベーレは人狼姿の伯父をちらりと見た。
自身やヨランダは姿まで変わりはしないのだが、人狼の血を引いたコルシーニ家の人間は、嗅覚と聴覚が鋭い。
やはりマリアーノはそこまでの事情を知っていたか。
たびたびローマ建国の双子の話や、フィレンツェの女悪魔の血を引いた伯爵家の話など振ってきたのは、やはりただの意地悪であったか。
「生まれ育った街の鐘の音と違うから、なじめないというのもあるのでしょうが」
そうマリアーノが続ける。
「これから屋敷にもどられますか、伯父上」
アベーレは狼の姿の伯父を振り返った。
「どうかな、先ほどの男が」
「フィコでしたか」
アベーレはフィコ逃げた出入口をながめた。
「盗みなどたびたびやっていた者なのですか?」
アベーレは顔をしかめた。
そんな不品行な者なら、やはり屋敷に滞在などさせたらヨランダにいかがわしいことをされかねない。
アベーレはにわかに屋敷のほうが心配になった。
村人たちはすでに寝入っていた。
ヨランダを残してきて大丈夫だったか。
「屋敷にもどりましょう、伯父上。副助祭どのは、何なら私が鐘をついたあとに迎えにくる」
「ずいぶんと手間のかかるご提案を……」
マリアーノが眉をよせる。
「野菜盗みなど大ウソだ。あれは、ここに捕らえられている罪人を口封じにきた」
伯父がそう言い、かたわらにあった作業用の小さいテーブルに座る。
アベーレは、伯父と執事がきた暗い廊下を見やった。
「税のごまかしをやらかしたとかいう者は、その先の廊下に?」
「主犯は殺された銀行家だ。捕らえられてる罪人もさっき逃げた男も、二重帳簿をつけるような知識はない」
あーあ、と息をつき、伯父は組んだ両手をまえに伸ばしてのびをした。
「ここにきた早々に妙ないざこざが起こっていると知って調べていたんだが、姿が変わりっぱなしでよけいにややこしくなった」
狼の大きな口が天井を向き、牙が剥き出しになる。
たしかに知らない者が見たらこれだけで大騒ぎだろうなとアベーレは思った。
マリアーノが鐘を鳴らしに倉庫を出ていく。
アベーレは伯父と執事に、いまからいっしょに屋敷へもどるかどうか目で問うた。
「この姿ではまずいだろう。村人たちが怯える」
伯父がそう返答する。
「申し訳ありません。屋敷に避難したいといわれて」
アベーレは言った。提案したのはマリアーノだったと思い出したが、これも意地悪の一環だったのか、それとも単純に教職としての仕事をしただけだったのか。
考えてみれば、彼のあのたびたびの軽い意地悪は何なのか。
カ━━━ン、カ━━━ンと大きな音が響く。
教会の敷地内で聞くと、さすがに迫力のある音だ。アベーレは顔をしかめて耳をふさいだ。
鐘塔のほうを見上げながら、意外にも平然と聞いている伯父と執事の様子を伺う。
「教会にご滞在だったのですか?」
アベーレは、そう尋ねた。
「いちど教会の廊下を横切って行かれたのをお見かけしたので、そうなのかと」
廊下を逆光になり通って行った伯父の姿を思い浮かべる。
マリアーノが事情を知っていると分かっていれば、あのときに声をかけたのだが。
「屋敷以外で身を隠すとしたら最適だ。いずれにしろあまり帰る暇などなかったのだが」
「ハンカチには気づいてくださいましたか」
アベーレは尋ねた。
「ここに到着したさいに御者に持たせました。もし伯父上が帰る途中の御者と遭遇すれば、私の到着に気づいてくださるだろうと」
鐘の音が余韻を残しながら小さくなる。
「人狼の姿に変わられているなら、しばらくは連絡がつけにくいでしょうと思いまして」
「なるほど。あのハンカチはそういうことでしたか」
ガタ、と重い扉を動かす音がする。倉庫にもどったマリアーノが横から言った。
「まじないなどと」
「早いな」
アベーレは軽く目を見開いた。鐘は、まだ余韻の音が響いている。
マリアーノが手にしていた角灯をかかげて廊下の奥のほうを伺う。
「司祭と助祭は。いっしょにお戻りではありませんか」
「もう少し街に残って調べてくれるそうだ。たびたび借りて悪かった」
伯父がそう答えた。




