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人狼村の偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 11 人は人にとって狼である

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32/51

Una persona è un lupo per una persona. 人は人にとって狼である I

「子供と婆ちゃんら、寝がしてきた」

 ルカが滞在している部屋のほうを指す。

 数本のロウソクで照らされた食堂広間。

 うす暗いが、ワインをそそぎ自身のグラスを判別するには充分だ。

 ルイーザがエプロンで手を拭く。

 アベーレが耳を澄ませて「副助祭(ふくじょさい)どのかな」とつぶやくと、玄関ホールのほうへと向かった。


 夜遅くには、こうして簡単なつまみや菓子を食べワインを飲んで雑談するのが、村人が滞在するようになってからの日課となっていた。


 先ほどまで菓子を運ぶなどしていたヨランダは、最後の皿を運んだあと姿を見せていない。

 アベーレは席についた。眉をよせる。ヨランダには、きのうから避けられているような気がする。

 村人たちが勝手に進展しただの盛り上がって以降か。

 やはり弟のようなものとして親しくしてくださっても、恋の対象ではないのか。

 それとも、名前で呼んでもよいかなどと言ったからか。

 平然と許可してくださっていたが、内心は嫌な気分だったのだろうか。


「フィコはまだ居ねえのな」


 リーザが席につき出入口のほうを見る。

「やっぱ人狼に食われだんだな」

 そう言い、ゲラゲラと笑いだした。ふいにアベーレのほうを見る。

「アベーレ旦那さま、ヨランダ様にはちっと悪いごとしたかな。あれ照れちまってんだろ?」

 「え」とつぶやいてアベーレは日焼けした娘の顔を見た。

「照れて……?」

「気づいていなかったんですか?!」

 レダがやや呆れたように声を上げる。

「いや……嫌われたのかと」

「貴族さまって、そこらの男と(にぶ)さは変わんねえんだな」

 リーザが目を丸くした。

「照れていらっしゃるんですよ。ここでアベーレ様が分かってあげて、はっきり愛しているとか君しかいないとか言ってさし上げないと。わたし応援します」

 レダが身を乗りだす。

 アベーレは、座ったまま少し身を引いた。

「……きみの立ち位置がよく分からん」

「レダは愛人志望だ」

 何でもないことのようにリーザが言う。

 アベーレは目を丸くした。

「知って……?」

「ちっと顔がよかったら、それ目指すもんじゃねえの? 貴族さまがいいお人なら一生食いっぱぐれねえし」

 そう言いリーザが小麦粉菓子をつまむ。

 アベーレは軽い目眩(めまい)を覚えた。

 女性というものは、自分だけを愛してくれる人の正式な妻になって貞淑にすごすのが幸せなのではないのか。

 すべての女性がそうだと思っていた。

「アベーレ旦那さま、周りの箱入りのご令嬢さまと、こんな村の娘くらべちゃいかんですよ」

 ルカが頬杖をつき言った。




 ワインの入った水差し(カラッファ)を手に、マリアーノが食堂広間に現れる。

 リーザが「待ってだ!」と声を上げた。

「まあ、ワインづくりにたずさわっている方以外は、自分の村のワインでもなかなか飲めませんからね」

 マリアーノがカラッファをテーブルに置き微笑する。

「そうなのか?」

 アベーレは問い返した。

 広間の扉を閉めるルイーザの仕草を目で追う。ヨランダが遅れて入室するのではと思ったが、やはり来ないのか。

「お祭りのときなんかは飲むけどな。高い値ついてるから、作ってる人は村人に飲ませるくらいなら金持ちに売りてえだろうし」

 リーザが言う。


「ワインは(たる)からそのつどカラッファにそそいで飲むものですから、まず樽を保管できる場所のある方でないと購入できない」


 そう補足しながらマリアーノが席につく。テーブルの上で品良く手を組んだ。 

「なので、どうしても広いお屋敷をもつ貴族や富裕層の購入が中心になるので、むだに質を追求しすぎて高価なものとして発展してしまった」

「なるほど」

 アベーレはうなずいた。ふと顔を上げ、マリアーノのほうを見る。

「副助祭どのの持ってこられたワインは教会のもので?」

「いえ、これは」

 マリアーノは言った。

「私の実家がいくつか購入していたので。一樽ゆずり受けました」

「ご実家……」

 アベーレはつぶやいた。

「そういえば、副助祭どののご実家とは」

「グラス持ってきましたけど」

 食堂広間の扉を開け、レダがトレーに乗せたグラスを運んでくる。

「ヨランダ様お誘いしたんですけど、厨房の後片づけするからって。グラスもけっこうですって」

「きみが誘ったのか……」

 アベーレは、つい複雑な気持ちになった。


「わたし、正妻の方と揉めるドロドロの愛人生活なんてごめんですから。正妻の方とこそ上手くやりたいんです」


 恐ろしいほどにきっぱりとレダが言う。

「レダはしっかりしでんな」

 自分の分のグラスを手にとり、リーザが言う。

 村人の価値観の一つがこれだということは分かった。分かったが、マリアーノが平然と聞いているのが、アベーレはややショックだった。

 同じ価値観で育ち、同じようにつつましい令嬢を見て育った人だと思うのだが。

 すっかり平気なのか。

「……何というか。そういう気持ちはうれしいのだが、私は没落した家の者なのでご期待にはそえないと思うのだが」

「でも、再興させる決意でいらっしゃるとお聞きしました」

 レダが、グラスをテーブルに並べながら言う。


「ヨランダ様がそうおっしゃってましたよ。“再興に動く決意だから、いっしょにいらっしゃいませんか”ってここにお誘いされたって」


「うっわ」

 リーザが大声を上げる。

「それプロポーズじゃねえの? なんだもうプロポーズしてたんかアベーレ旦那さま」

「いや……」

 アベーレは鼻白んだ。

 プロポーズに入るのだろうか、それは。

 幼少のころの遊びに誘うような感じで言った気がする。

 ヨランダはどうと捉えていたのか。

 プロポーズしたわりには先へと進まない情けない男と思われていたのだろうか。





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