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人狼村の偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 10 羊の皮を被った狼

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31/51

Lupo in pelle di pecora. 羊の皮を被った狼 III

「ああ、分がった!」

 リーザがパンッと両手をたたく。

「その罪人を食おうどして、人狼があの辺うろうろしでんだ」

「ああいや」

 アベーレと副助祭(ふくじょさい)は同時にそう返した。

 おたがいに、なぜそこで即座に否定できるのだというふうに目を合わせる。

 人狼のことについてもマリアーノはずいぶんと知っていそうな気がする。

「その罪人の話は、うちの伯父も承知しているな?」

 アベーレは問うた。

「もちろんです。なんども罪人と面会をされている」

 少し間をおいて、マリアーノはフッと吹きだした。思い出し笑いなのか。


「ただそちらの伯父君が相手では、恐怖に怯えてまったく会話にならないのですが」


「なるほど」

 アベーレはそう返した。

「いつまでもご都合がつかないようなら、僭越(せんえつ)ながら私が代理で尋問すると伯父に伝えてくれ」

「伯父君もお願いしたいと思っていたところらしいです。ただあなたはこの村に到着したばかりで、まだ落ちついていないだろうからと」

 話が見えないという感じで、村人たちが銘々に目を合わせる。

 解説してもらおうとしたのかヨランダのほうを見たが、彼女は話にいっさい関係ないというような素振りをしていた。


「しかし罪人を教会につないでおくものか? ふつうは城の地下牢やそれなりの建物に」

「ここは長いこと領主一族が放置していた村ですからね。城は使われなくなって何世紀も経つものですし、それなりの建物というものもない」


 マリアーノが答える。

「……まあ。そこは申し訳ないが」

「いままではさいわい罪人らしき罪人が出なかった村なのでしょうが、今回ばかりは」

「臨時の牢として、教会の貯蔵庫につないでいたと」

 アベーレはそう応じた。

 たしかに城以外の堅牢な建物といったら教会くらいだろう。

「食事の材料をとりに行くたび呪わしい言葉を投げかけられるので、なかなかスリリングです」

 マリアーノは平然と語った。




 月は、満月に近い形になっていた。

 ヨランダを伴いこの村にきた日は新月だった。今日は十日目。月齢は十か。

 アベーレは食堂広間のカーテンを閉めた。

 じきに厨房にいる女性のだれかが、火を灯した燭台(しょくだい)を持ってくるだろう。

 越してきたときには屋敷のなかのことなど何一つできなかったが、カーテンの閉め方と玄関の出迎えは慣れてきた。

 厨房にはまだ入れないが。

 そこに思いいたり、アベーレは手を止めてため息をついた。

「アベーレ旦那さま、カーテン閉めるときまでなに考えてんだ?」

 リーザが残りのカーテンを引く。

「貴族の方は、カーテン閉めるときまで哲学的閉め方とか文学的閉め方とか考察でもなさるんか?」

「そんなことは……ふつうに閉めていたつもりだが」

「ヨランダ様はけっこうテキパキしてんだげどな。アベーレ様、尻に敷かれそうだな」

 そう言い、リーザがスタスタと出入口に向かう。

 は……とアベーレは呆気にとられた。

 ヨランダが男性を尻に敷くなど、まったく想像できない。

「いや姉……ヨランダは、本来はとても(しと)やかな方で男性が支えてさし上げないと立っ……」

「ん?」

 リーザが立ち止まる。


「あ━━━!」


 リーザはクルリとこちらを向くと、アベーレを指さした。

「リーザ、なに旦那さま指さしてんだ。失礼でねえの」

 ルイーザがグラスを乗せたトレーをもち入室する。

 ヨランダと、火のついた燭台をもったレダもそのあとからつづいた。

「朝がら何かモヤモヤしでたんだ! 違和感っつうの?」

 リーザがなおも大きな声を上げる。

「アベーレ旦那さま、ヨランダ様をお名前で呼んでいらっしゃるんだ!」

 女性たちが、それぞれに「えっ?」「あっ」と声を上げた。

「ええっ! ど、どこまで進展されたんですか?」

 レダが緊張した声を上げる。

 火のついたままの燭台を上下させるので、ルイーザが「危ねっ」と声を上げた。

「しょ、初夜だろ? 初夜だろ? そんなごどはっきり聞くもんじゃねえ!」

 リーザが意味不明に両腕を上下させる。

 ヨランダが口元を手でおおいうつむいた。

「そういうことではない。ただ呼び方を変えただけで、それ以外のことは何も」

「アベーレ旦那さま、あだしらそんな野暮なこと聞かねえ。お二人をそっとしでおくつもりだ」

 リーザが声を上げる。

「いや先ほどから聞いているではないか」

「あ、あの、おめでとうございます!」

 レダがそう言う。

 この子はほんとうに愛人希望であって正妻めあてではないのか。徹底しているなとアベーレは逆に困惑した。

「副助祭さまが来だらみんなでワイン飲むつもりだっだげど、お祝いの宴会になっちまったな」

 リーザが言う。

 ルイーザの夫のルカがのんびりと入室したが、女性たちはだれも見向きもしない。

「子供らが外に出てえってうるせえんだげど。そろそろ危ない時間だがらって言っても聞かね」

 ルカが滞在している客室のほうを親指で指す。

「わ、わたし、お菓子もって行きます」

 ヨランダがスカートをからげて、そそくさと広間を出ていく。

「いや、ご令嬢さまにそんなごどしていただがなくても。“ダメだ”って怒鳴っときゃいいんすよ」

 ルカが、退室するヨランダの背に向けてそう言う。

 小走りで行くヨランダを、リーザがながめる。

「お腹はまだ大っきぐねえんだな」

「んあ? ヨランダ様そうなのが?」

 ルカが声を上げる。ゆっくりとアベーレの顔を見た。

「もしかしだらだ」

 リーザが得意げに言う。

「違う……」

 アベーレは顔をしかめた。





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