Forse una villa vuota. おそらくは無人の屋敷 II
朝食は固くなった塩なしパンとサラミ、地下の樽に残っていたワイン。
厨房の炉辺には火がなかったとヨランダが言っていた。
火打ち石がどこにあるのか分からないので、けっきょく調理の必要のない食材をヨランダが皿にならべて運んでくれた。
食堂広間のテーブルに向かい合いに座る。
食器だけは高級なものの寒々とした朝食をアベーレはしかたないかと苦笑して見た。
「火があればスープくらいは作れそうなのだけど」
ヨランダが形のいい指でパンをちぎる。
「……姉上がつくるんですか?」
「だってアベーレ、つくれないでしょう?」
ヨランダがにっこりと笑う。
悪気があって言っているわけではないだろう。
だが何かショックを受けて、アベーレは眉をよせた。
こんなことなら厨房に出入りして、料理長か女中長あたりに調理を教わっておくべきだったかと思う。
「厨房の作業台にあったお肉もはやめに塩づけなりなんなりしておかないと」
「塩づけにするほどあったのですか?」
アペーレは声を上げた。
先ほどヨランダが朝食を運んださいも厨房の近くへは行かなかった。
幼少のころから入るべきではないと教えられたのだ。入ることに背徳感すらある。
「伯父さまと三人で食べるには多いわね。腐らせるのはもったいないし」
ヨランダがパンをちぎる。
「いったい何の肉ですか」
「いのししだと思うのだけれど」
ヨランダが答える。
「作業台に三つほどに切り分けて置いてあって。血抜きもしてあったし、皮も剥いであったので助かるけれど」
「だれかが下処理をしていたんですか?」
アベーレは尋ねた。
「伯父さま、だれか使用人を連れていらしてたのかしら」
「こんな状況でついてきてくれるとはずいぶんと忠義の者だな」
アベーレはそう答えてワイングラスを置いた。
「ありがたい方ね」
ヨランダが微笑する。
「ありがたいですけれど……」
空になったワイングラスのステムを二、三度もてあそび、アベーレはテーブルの上を見回した。
酒瓶を見つけ手を伸ばす。
「その使用人も、伯父上とともに帰っていないことになるのですか」
「夕べは、とうとう帰っていらっしゃらなかったわね、伯父さま」
ヨランダが上品な仕草でうすく切ったサラミをパンに乗せる。
「人狼が出るというウワサがあると御者が言っていましたが」
アベーレは窓の外をながめた。
ゆうべ馬車から降りた庭の一角は、食堂広間の窓からも見える位置だ。
到着した真夜中とは違い、いまは陽光が明るく照らしている。
「ゆうべのあの音は、教会の鐘の音ですよね?」
不意に思い出してアベーレは言った。
「そうね、たぶん」
「あんな夜中に鳴らしているということは、ずいぶんとまえからなのかな、そのウワサは」
アベーレは頬杖をついた。
「伯父上がこちらに着かれたのは、いつごろでしたっけ」
「あなたがうちの屋敷に来てここに誘ってくれたときに、伯父さまが先に到着しているはずと聞いた気がするけど」
ヨランダがパンをちぎながら答える。
「ああ……そうでしたっけ」
アベーレは苦笑した。
「それなら、いつごろかなど姉上は知るはずがないか。……申し訳ない」
ワインのグラスを、コトリと音を立て置く。
「到着したと手紙をいただいたんです。土地勘のない地方なので、念のため荷物のなかに入れたはずだ」
「伯父さまはだいぶまえにいらしていたの?」
サラミを指でつまみつつヨランダが尋ねる。
「ここの領地がまだ売りには出されていないと気づいた時点で発ったみたいですよ。放置されていた土地ですから、いままでの税収を確認しておくって」
「伯父さま、相変わらずでいらっしゃるのね」
ヨランダがクスクスと笑う。
つられて笑おうとして、ヨランダが最近まで女子修道院にいたことをアベーレは思い出した。
長いこと会っていなかった親戚が何人もいるはずだ。
本来なら、その親戚たちにはずっと会わないまま他家に輿入れしていたところではあるのだが。
「相変わらずですよ、伯父上は。若いころにも破産を経験していますからね。また再興する気満々です」
だからこそ伯父のところに身をよせ、ともに再興を目指してみようと思ったのだが。
どこへ行っているのやらとアベーレは溜め息をついた。
「教会で、火をいただけるかしら」
鐘の音が聞こえた方角を見て、ヨランダがつぶやいた。