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人狼村の偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 1 人狼の村
2/51

Forse una villa vuota. おそらくは無人の屋敷 I

 ドアをノックする音でアベーレは目を覚ました。

 室内の大きな窓から朝陽が射している。

 雑に引いたカーテンはところどころ隙間(すきま)があき、森の多い村の景色が覗き見えていた。

 ベッドから身体を起こす。

 夕べは手さぐりで寝具のあるらしい部屋をさがし寝ることにした。

 灯りのない屋敷内、ロウソクの置き場をさがすよりは朝まで休んだほうがよいだろうと。

 こういった屋敷なら、たいてい一階に客室がある。

 玄関ホールから分かれた廊下をさぐりドアノブと思われるものを開け、室内のベッドの上に寝具が敷かれているかを確認した。

 先に入った客室は、ヨランダにゆずった。

 お一人で不安がってはいないだろうかと心配だったが、まさか同室で眠るわけにもいかない。

 朝まであまり落ち着かなかった。

「アベーレ?」

 廊下側から聞こえたのは、ヨランダの声だった。

 リズミカルにドアをたたく。声は意外にも明るい。

「姉上」

 そう返事をし、アベーレはベッドから降りた。

 部屋の出入口に歩みよりドアを開ける。

 ワンピースにショールをはおったヨランダが、にっこりと笑いかけた。

 まったく化粧はしていなかったが、それでもやはりきれいだと感じる。アベーレは目元をほころばせた。

「起こしにくるなんて、姉上が従者のようなまねをしなくても」

「従者の方は? だれかあとで到着のご予定はあるの?」

 ヨランダは窓のほうを見た。

「ないですよ。給金を支払うのが苦しくなった時点で家に帰しましたから」

 アベーレは苦笑した。

 ヨランダの意外にも明るい様子にすこし面食らう。

 知らない土地で不安におびえて一晩を過ごしたか弱い女性。それを自身が守るのだという頭の中のシナリオが、まったくそぐわない。

「朝食にしましょ。厨房に新鮮なお肉があったわ」

 ヨランダが踊るような足どりできびすを返す。

「……肉」

 アベーレは軽く眉をよせた。

「なぜそんなものが」

「伯父さまが置いていらしたんじゃないかしら」

 振り向いてヨランダが答える。

「というか、厨房に入ったんですか、姉上」

「入ったけど」

 何か問題だったかというふうにヨランダが返す。

「下級の使用人が入るところではないですか」

「修道院ではふつうに入るわ」

 ヨランダは言った。

 とまどいながらヨランダの結われた髪を眺める。

「そ……そうなんですか」

「当番制で炊事係さんのお手伝いをしたりするから」

 目を見開いたままの表情で、アベーレは従姉(いとこ)について行った。


 もしかすると、自身よりもヨランダのほうがよほど一人でできることが多いとか。


 没落し将来の見通しも立たない上に、女性よりも使えないではかなり情けない。

 アベーレはヨランダのうしろ姿をながめた。

 屋敷のなかは自分たち以外に人の気配はないようだ。

 古い屋敷だが調度品などが盗まれた痕跡はなく、(ほこり)も積もってはいない。

 長く放置されていた感じではないなと思う。


 親戚のほとんどが忘れていたであろうこの別邸に、手入れに入っていた者がいたのだろうか。


 客室のドアのならぶ廊下を抜けると、広い玄関ホールに行きあたった。

 夕べは暗くて分からなかったが、ホール内は非常に広い。

 吹き抜けの天井が高く、ふたまたに分かれた階段の間に大きな翼を広げた女性の像がある。

 アベーレは像の上部を見上げた。

 首がない。

 取れたというわけではなく、はじめからないようだ。

 首から下は、うすい衣をかぜになびかせ美しい肢体を軽くよじっている。

 身体より大きな背中の翼が、いまにも羽ばたきそうだ。

「何をモチーフにしているのかな。フィレンツェあたりにあったかな、こういうの」

「さあ。ユディトなら、首は相手のものを持っているはずよね」

 振り向きもせずにヨランダが答える。

「だだの作者の創作かな」

 もういちどアベーレは女性の像を見上げた。

 均整のとれた肢体に不自然な箇所はなく、デッサンからきちんと学んだ作者の手によるものと思える。

 正確に身体を描写するために腑分(ふわ)けにまで参加した芸術家もいると聞いたことがあるが、あるいはこの作者もそこまでしたのか。

 ヨランダは、勝手知ったるような感じで階段の横の廊下に歩を進めた。

「何があるんですか、そちらは。厨房?」

「厨房は奥。その途中に食堂広間があるの」

 ショールを肩にかけ直しながらヨランダが答える。

「……すでにずいぶん屋敷内におくわしいんですね、姉上」

 (しと)やかでか弱い人という印象を持っていたが、あんがい行動的なところがあるのか。

 子供のころに抱いていたイメージとの整合性がとれず、アベーレは困惑した。

「お屋敷の探検なんて、子供のころみたい」

 楽しそうにヨランダが言う。

「姉上……子供のころに探検なんてしたのですか?」

「したわよ」

 ヨランダが答える。

 美しくおとなしい、だれかが支えなければ立っていることすらできない人だと思っていた。

 いきなり主導権を握られているではないか。

 アベーレは眉をよせた。





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