Carne extra in cucina. 厨房には新たな生肉
毎回屋敷にもどると、アベーレはまず玄関ホール内を念入りに見回す。
屋敷内に留守番が一人もいないという生活も初体験だ。
ヨランダと二人で出かければ、帰宅するたびにこうして侵入者の警戒をしなければならない。
こうも広い屋敷内では、留守中に侵入した者がいたとしても数日間は気づかない自信があるとアベーレは思っていた。
ヨランダも同じようにホール内を伺ったが、すぐにスカートをからげてなかへと踏みだした。
「あ、姉上」
引きとめようとしたが、これ以上警戒しつづけていると臆病者と思われるだろうか。
ヨランダのあとについて屋敷内に入る。
「姉上、もしかするとラウラはまだ屋敷内に……」
「アベーレ、厨房のあたらしいお肉、こんどはなににしようかしら」
言ったセリフが重なる。
前方を歩きながら、ヨランダがこちらをふり向いた。
「なに?」
「……いえ。肉とは?」
アベーレは問うた。
「言わなかったかしら。ゆうべのうちに置かれていたみたいなのだけれど」
「ゆうべ……」
「厨房の作業台の上。またきちんと下処理がされていたの。ありがたいわね」
ヨランダがにっこりと笑う。
「またイノシシですか?」
「こんどは七面鳥ですって」
ヨランダが、コツコツと靴音を立てて廊下に歩を進める。
「七面鳥と断定ですか?」
アベーレは眉をよせた。
「執事さんのからの手紙が置かれていたの」
「執事の……」
アベーレはあわててヨランダに追いついた。
「フィリッポとかいう?」
「ええ」
「姉上、彼と会ったのですか?」
アベーレは尋ねた。
ゆうべ窓から見えた人物は、やはり執事であったか。
あのあとすぐに窓の外の通路にでたが、足元が暗すぎて遠ざかる角灯の灯りを追うことはできなかった。
「知らない男と二人きりで会うなど。そういう場合は、まず私を呼んでください」
「会ってはいないわ。お肉とお手紙だけを置いて、すぐに出て行ってしまったみたい」
アベーレはホッと胸をなで下ろした。
「伯父さまはお元気ですって」
ヨランダは微笑した。
「そうと手紙に?」
「あとで見せるわ。お二人ともお忙しいみたい」
「そうですか……」
アベーレはそう返した。
「またサルシッチャとプロシュートでいい?」
ヨランダがスカートをからげて歩を進める。厨房に向かうのだろうか。
「ええ……」
「しばらく厨房にこもるかもしれないわ」
ヨランダが言う。
「そんなにあったのですか?」
「そうね、けっこう」
過去に聞いたおかしな知識がアベーレの頭のなかをよぎった。
人の肉は鶏肉に似ているとか何とか。
カエルの肉も同様らしいが。
このタイミングで何を思い出しているのか。アベーレは顔をしかめた。
厨房に向かうヨランダの姿を目で追う。
「お……お手伝いいたしましょうか、姉上」
ここに移り住んでから、なんども言おうした言葉だ。
人が聞けばとるに足らない言葉なのだろうが。
「そうね……」
前方を歩きながら、ヨランダがわずかに首をかたむける。
「野菜を洗ってもらえるかしら」
アベーレは、ポカンと従姉のうしろ姿をながめた。
すんなりとそう言っていただけるとは思わなかった。
使えないからいらないと言われるのを覚悟していたのだ。
あわてて野菜の洗い方をシミュレーションする。
だがまるで思い浮かばないことに気づいた。
「つかぬことを伺いますが、姉上」
「なに?」
ヨランダが振り向かずに答える。
「野菜とは……洗うものなのですか?」
「泥のついたお野菜を食べたことはないでしょう?」
ヨランダが答える。
「なるほど」
「もしできたら、皮剥きも」
「ご安心ください。皮を剥くことは知っています」
ヨランダが立ち止まり、にっこりとこちらに笑いかける。
「安心だわ」
アベーレは口元をゆるませた。
心が浮き立つ。
こんな笑顔ひとつが欲しいために、何でもしてしまいそうになる。そんな気がした。




