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人狼村の偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 5 人狼のいる部屋

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12/51

Qualcuno ha visto un licantropo? 人狼を見た者は? I

 昼すぎ。

 マリアーノ副助祭(ふくじょさい)の声で玄関ドアを開けたアベーレは、彼の背後にならぶ村人たちに戸惑った。

 どの者もかしこまったふうの態度だが、目だけ好奇心に満ちたかんじで玄関ホール内をキョロキョロと見ている。

 数人ほど混じっている子供たちは、大人たちの脚の間からあからさまに屋敷のなかを見回していた。

 ほんとうに娯楽の対象らしいなとアベーレは思った。


 自身が領主一族の者としてマナーや外交術、学問や乗馬や戦時のための武器のとりあつかいから経済まで修めてきたのは、純朴な村人たちの娯楽の対象になるためだったのか。的外れな方向に悩みそうになった。


「みなさんが、私といっしょなら怖がらずにお取り調べに出向けるとおっしゃるもので」

 マリアーノがほほえむ。

 怖がってはいないではないかとアベーレは内心で返した。

 庶民というものは、為政者の一族の者以上に社交辞令がうまいのだと分かった。


「みなさん、とりあえずなかへ」


 ヨランダが優雅な仕草で村人たちを中へと促す。

 村人たちが、ほおお……とため息をついた。

「う……うつくしい御方ですなあ。奥方さまで」

 村人の一人が問う。

 アベーレは誇らしい気分でヨランダを見た。


「奥方ではなく、アベーレ殿の従姉(いとこ)どのだそうです」


 マリアーノが説明する。

 アベーレは無言で眉をよせた。

 村人たちのなかには、若い男性もいる。

 よもや、没落した家の娘ならいけるかと口説きはじめたりはしないか。


「ヨランダ」


 少々傲慢な感じをよそおい、アベーレは従姉をそう呼んだ。

「みなさんを案内して差し上げなさい。あと、お茶を用意してくれないか」

 急に口調が変わったからか、ヨランダは目を丸くした。

 村人たちが、やりとりを興味ぶかげにながめる。

 まだ奥方ではないが、すでに夫と妻であるかのような間柄なのだと、とくに男どもには認識してもらわねばとアベーレは思った。




 応接室に案内すると、村人たちはそれぞれに室内を見回した。

 小さめのテーブルに椅子が数脚のみの部屋なので、長椅子を使っても全員が座るには足りない。

「……もう少し椅子をもってくる」

 アベーレがべつの応接室に椅子をとりに行こうとすると、村人の何人かが呼び止めた。

「立ってますので。旦那さま」

「……そうか」

 アベーレはテーブルにもどった。

「ああ、アベーレでいい」

 着席しながら、さりげなくそう告げる。

「アベーレ旦那さまですか」

 村人たちがそう返す。

「ほら、アベーレ旦那さまだよ」

 子供たちにそう教えている者もいる。

 名前のみでいいという意味だったのだが、まあいいかとアベーレは軽く眉をよせた。


「では、このなかで人狼を見た者」


 アベーレはそう問うて右手を上げた。

 窓ぎわに立った三人と、椅子に座った二人が手を上げる。

「あとの者は」

「はあ、つきそいで」

 若い男がヘラッと笑う。

 完全に娯楽の口かとアベーレは顔をしかめた。

「ちなみに、アドルフォ・コルシーニという人物と接触した者は。私の伯父だが」

 アベーレはふたたび右手を上げた。

 村の女性の何人かが顔を見合せる。

 何か言いたそうだ。

「見かけたという程度でもかまわない。知っていることがあれば」

「あのう……」

 三十歳ほどの女性が、おずおずと手を上げた。

「どちらがアドルフォって御方か分かんねえけど」

「どちらが?」

 アベーレは眉をよせた。


身形(みなり)のいい旦那方がお二人でいるのは何度かお見かけしました」


 アベーレは、出入口のドアのまえに立つヨランダと目を合わせた。

「え……姉上、お座りになっては」

 女性の証言も気になったが、ヨランダを立たせたままというのも気になってしまった。

 か弱い御御足(おみあし)が疲労などしては大変ではないか。

「姉上」

「よいのですよ、旦那さま。お話をおつづけになって」

 ヨランダがにっこりと笑う。

 「旦那さま」とは。

 立ててくださっているのか。

 何てできた女性なのだ。惚れ直してしまう。

 村人たちが「ほお」とも「ふぁぁ」ともつかない声を上げる。

「なんつうか……やっぱ貴族のご夫婦は、優雅なかんじですなあ」 

 中年の男性がつぶやく。

「あ、ご夫婦ではなく従姉弟(いとこ)でしたっけ」

「いや……」

 アベーレは軽く(せき)ばらいをした。

 そのまま思い違いで通せばよいのにと内心で(なじ)る。


「見かけたのが伯父君に間違いないとすると、もう片方は執事のフィリッポ殿でしょうね」


 マリアーノが言う。

 村人たちとはまったく異質な感じで、マナー良く紅茶を口にしている。

「執事……」

 アベーレは復唱した。

「伯父は執事を連れてきていたのですか?」

「お会いしてはいませんか?」

 マリアーノがカップを静かに皿の上に置く。

「なぜ話してくださらなかったのですか、副助祭どの」

「ご存知かと思っておりましたので」

 マリアーノがそう答える。

 おもむろに顔を上げ、証言した女性に問いかけた。


「二人でいた御仁とは、恰幅(かっぷく)のよい長身の御仁と、口髭(くちひげ)顎髭(あごひげ)を伸ばした気難しそうな御仁ですか?」


 女性がコクコクとうなずく。

「恰幅のよい御仁のほうが伯父君でしょう」

 マリアーノがそう告げる。

「執事を連れてきていたのか……」

 アベーレはホッとした。伯父は一人というわけではないのか。

 没落してまでついてきてくれるとは、ずいぶんと忠義の者だ。

「それで、人狼を見た者は」

 先ほどの五人が手を上げる。

「どんな」

 アベーレは尋ねた。

 ついテーブルの上で、メモをとるような手つきをしてしまう。

「紙とペンをもってくるわね」

 ヨランダがきびすを返しドアを開ける。

「姉上、それくらいは自分で」

 席を立ちかけてから、アベーレはハッと村人たちを見た。

 おもむろに口に拳をあて(せき)ばらいをする。


「……紙とペンをお願いできるか、ヨランダ」


 傲慢な夫を装った態度で言う。

 すでにヨランダは退室し、ドアは閉められていた。

 村人たちが、ポカンとしてアベーレとドアとを交互に見る。

 マリアーノがおかしなタイミングで吹きだした。

「……何ですか」

「失礼」

 マリアーノはそう返して口元をおさえた。





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