Il prete tornerà tra una settimana. 司祭が戻るのは一週間後です。 I
「副助祭さまは、好ききらいはございません?」
前方を上品に歩きながら、ヨランダがショールを直す。
「とくにないですね」
「そうですの。アベーレは……」
「姉上」
アベーレは顔をしかめた。
ピーマンが苦手などと話題にされたら、まるで子供のようではないか。
あのトウガラシの変形のようなものが苦手で食生活に何の支障があるのか。
「そういえば司祭どのは大丈夫か、腰は」
アベーレは尋ねた。
そもそも副助祭が、お茶など飲んで油を売っていていいのか。
ようやく腰が治ったばかりの司祭の仕事を増やすことにならんのかと思う。
「司祭は今日は街に出ておりまして」
マリアーノが言う。
「腰は」
「もうすっかり大丈夫で」
「それならよかったが……」
アベーレはそう返した。
食堂広間にマリアーノを促す。
ここに着いてから、ずっと二人で使っている食堂広間だ。
備品の手入れはいまだままならなかったが、食器の片づけとテーブルの拭き掃除はしている。
「お好きな椅子にお座りください」
アベーレはそう言い、暖炉まえの席に座った。
ヨランダが紅茶をとりに厨房に向かったのを見て、手伝うべきかとあわてて席を立つ。
マリアーノが適度に離れた席に座るのを見て、そわそわと座り直した。
どうにもいままでのクセで人まかせにしてしまうが、ヨランダにばかり家のことをさせるわけにはいかない。
厨房の仕事などまるで知らない自身では、手間を増やすだけだろうかと思うと、手伝うと申し出るのもまた躊躇するのだが。
「階段ホールにあった女神の彫刻ですが」
マリアーノが、通ってきたばかりのホールをふり向く。
「以前から見たいと思っていたのですが、見事なものですね」
「女神……」
あの首と両腕のない像かとアベーレは思った。
ここに来たつぎの日から、見るたびに奇妙な像だと思っている。
「あれは女神なんですか」
「女神と聞いていますが」
マリアーノが答える。
「翼があるので御使いかと」
マリアーノが、ああ……とつぶやく。
ヨランダが入室する。皿に乗せた腸詰めをテーブルに置いた。
「紅茶は、ちょっと待っていらしてね」
そう言い、ふたたび厨房のほうへと消える。
手伝うべきだろうかと、アベーレはそわそわと廊下を見た。
「あの彫刻の素材は、カッラーラの大理石だそうですね。フィレンツェの街中にある像と同じで」
マリアーノが言う。
「あの像をご存知だったのですか」
ヨランダのあとを追おうか迷っていたが、けっきょくアベーレは椅子に座り直した。
「むかしこの村に住んでいた彫刻家が、コルシーニ家に献上したものです」
マリアーノがそう話す。
「彫刻家」
マリアーノにサルシッチャを勧めつつ、アベーレ自身もフォークで刺した。
「コルシーニ家が支援していた彫刻家で、この屋敷を住居として提供していた時期があったとか」
くわしいなとアベーレは思った。
よその土地の出身者なのだと先日の老婦人が言っていたが、こんな田舎の無人になっていた屋敷の過去など、どこで知ったのか。
「……どのくらいまえですか」
「三十年くらいまえなのかな。私も話で聞いただけなので」
マリアーノが、サルシッチャを品よく口に運ぶ。
「ちなみに、副助祭どのはどちらの御家の方で」
さりげなくアベーレは聞いてみた。
マリアーノが、無言で像のあるホールのほうを見る。
聞こえていなかったのか、それともさりげなく話を逸らされたのか。
何か言えない事情でもあるのだろうか。アベーレは何事もなかったように黙ってサルシッチャを口にした。
「あの像の首と両手がないのは、何か意味でもあるのかな」
「サモトラキアという島に行ったさいに見た、破損した古代の女神像に影響されたとか」
マリアーノが答える。
「はあ……」
それだけか、とアベーレは拍子抜けした。
芸術家の感性はときおり分からんと思うことがあるが、あれをすんなり受けとった当時のコルシーニ家も、どういった感性をしていたのか。
「ちなみにサモトラキアとは、どこです」
「ギリシャの近くですね。ヴェネツィアとジェノヴァの有力家がとり合いをしていた時代もあったらしいですが、現在はオスマン帝国領なのかな?」
アベーレは、サルシッチャをかじった。
いまの自身には、どこをとっても関連性はない土地だ。ものすごくつまらんことを聞いてしまった。
「私もくわしくは」
マリアーノが苦笑する。
ヨランダが、紅茶をトレーに乗せ運んでくる。
「ああ……姉上」
アベーレは立ち上がり、手をさしのべた。
スプーンくらいしか持ったことのなさそうな細い手に、こんな荷物を運ばせてしまったと痛々しさを感じる。
きのうは小振りの斧で薪割りをしていたが。




