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第18話

「すっかり暗くなっちゃったね」

「まあ、暗い分には問題ないからな」

 カツユキとトモリが煙を焚く準備をしていたら太陽はとっくに沈んでしまった。

 幸い、月明かりがあるから道を見失う事は無かった。

 二人はこれからが仕事なのだ。

「じゃあ早速虫退治に行こうか?」

「いいや、まだだ」

「まだ何か準備が要るの?」

 トモリはカツユキからそんな話は聞いていなかった。

 彼女は『煙で虫を無力化している間に巣を取り除く』と考えていた。

 だから、これ以上の準備は必要ないと思っていた。

「今から滝に打たれるんだ」

「それ、何かの修行?」

「そうじゃあない、汗を流すんだ」

 カツユキはそう言うと村の近くにある滝を目指して歩き出した。

 滝と言っても水量もそう多くない小さな滝だ。

 この滝は村人にとっての大切な水源でライフラインの一つだった。

「あたしもベタベタなままなのは嫌だったから良かった」

「それもあるが一番重要なのは『体臭を消す事』なんだ」

「体臭?」

 カツユキとトモリは滝を目指して歩きながら、そんな会話をしていた。

 トモリは『シャワー代わりに滝を使ってさっぱりしよう』くらいに考えていた。

 しかし、カツユキはもっと大切な理由で水浴びをしようとしていたのだ。

「巨大蜂は人間の汗の臭いに敏感で例え眠っていてもすぐに目を覚ますんだ」

「そうなの?汗の臭いに反応するなんて、なんか『蚊』みたいだね」

「まあ『うっとおしい虫』と言う点では同じかもな」

 カツユキは歩きながら、手頃なところに生えていた葉っぱをいくつか摘んだ。

 葉っぱは青々としており、とても燃やすために摘んでいる様子ではなかった。

 トモリはその様子が気になった。

「それ、何に使うの?」

「これか?この葉っぱは身体にすり込むと制汗作用を発揮するんだ」

「徹底してるね」

「やるからには徹底的にやるのが俺の流儀だ」

 そうこうしていたら、目的の滝に着いた。


「この後はどうするつもりなの?カツユキ」

 トモリは水浴びをしながらカツユキに尋ねた。

 先に水浴びを終えたカツユキはトモリに背を向けたまま、何かしている。

 トモリが服を身に付けていないからカツユキはその体勢のまま答えた。

「依頼人から巣のありかを教えてもらったらすぐに仕事を始める」

「何を持って行くの?」

「必要なのは『煙を出すための道具一式』と『ダガー』だ」

 ダガーと聴いてトモリは少し意外に感じた。

 ダガーは刃渡りが短い片手剣で初心者の冒険者が良く使う武器だ。

 他の武器に比べて安価で扱いやすいのがその理由だ。

「今回はいつもの大刀じゃないんだね」

「あれは森で使うには大きすぎるからな」

「そうなんだ。あたし、てっきりカツユキの『トレードマーク』なのかと思ってた」

 トモリはカツユキと組んでから彼がいつも大刀を使っているところを見ていた。

 赤い怪鳥の時も毒怪鳥の時も黄色い群れの時もそうだった。

 トモリはカツユキが大刀に特別な愛着があるのだと思っていた。

「もちろん、個人的に気に入ってるから使ってるって部分はあるさ」

「そうでしょ?」

 ダガーと大刀の一番の違いは『威力』だった。

 ダガーでは黄色い群れの首をはねるなんて芸当は無理だが、大刀ならわけない。

 筋肉質なカツユキにはぴったりの武器だった。

「だが、個人的なこだわりが邪魔になる場合は別の武器を使うさ」

「それが『仕事として冒険者をやる』ってやつ?」

 トモリは得意気にそう言って見せた。

 カツユキがいつも言っている事だから今回も言うだろうと思ったからだ。

 トモリにも少しずつ『仕事の流儀』が分かるようになって来た。

「まあ、そう言う事だ」

 カツユキは少し笑って見せた。

 青臭い事を言っていたトモリに自分のセリフを盗られてしまった事がおかしかった。

 そして、トモリが成長している事が嬉しかった。

「よし、出来た」

「何?それ」

「それは秘密だ」

 カツユキはそう言うと、完成した『黄土色の液体』を仕舞った。


「もう少しで巣のある所へ着きます」

「案外、近いんですね」

 カツユキとトモリは依頼人に案内されながら森の中を進んだ。

 口頭での説明では巣の正確な場所が分からないから案内してもらったのだ。

 もちろん、仕事を始める前には安全な場所に避難してもらう。

「あれです」

「思ってたより大きいですね」

 依頼人が指さした先には『泥の塊』のような物があった。

 塊は木の幹に備え付けられており、大きさは二メートル強あった。

 下の方には直径五センチくらいの出入り口も作られていた。

「あれが巨大蜂の巣?」

「そうだ、泥団子を練ってせっせと作られるんだ」

 巣のイメージとしては『徳利蜂の巣』に近かった。

 スズメバチの巣のような『蜂の巣特有の模様』があまりなかった。

 本当にただ泥を盛って作ってあるようにしか見えなかった。

「あの中にどれくらいの蜂が居るの?」

「そうだなぁ、あの規模の巣だったら四十匹は入ってるんじゃないか?」

「そんなに!?」

 トモリはその数を聴いて驚いた。

 自分が以前に駆除した巨大蜂は十匹弱くらいだった。

それでもブンブン飛ぶ蜂を相手にするのは苦労した。

「ああ、だから一匹一匹相手にしてたらまず袋にされる」

「だから煙でいぶしちゃうんだね?」

「わざわざ正々堂々と戦う必要は無い」

 そう言うとカツユキは着火剤に火打石で火をつけ始めた。

 静かな夜の森にカンッカンッと言う音がこだました。

「それでは早速仕事に取り掛かりたいと思います」

「はい、よろしくお願いします」

「お一人で帰れますか?」

「ええ、この辺りは庭みたいなものですから」

 そう言い残すと依頼人はカツユキたちに一度おじぎをした。

 そして、夜の闇へと消えた。

「よし!火が着いたぞ」

 カツユキは着火剤と燃料を素早く巣穴へと押し込んだ。


「これからどうするの?カツユキ」

「二十秒くらいしてから巣を叩き壊す」

「そんな事して本当に大丈夫なの!?」

「まあ、見てろ」

 カツユキはそんな事を言いながら二十秒が経過するのを待った。

 巣穴からは煙があふれ出し、中に煙が充満した事が見て取れた。

 中ではいったいどんな状態になっているのだろうか?

「よし、もう良い頃だろう」

 カツユキはそう言うとダガーの柄頭を使って土壁を思い切り叩いた。

 トモリは中から蜂が飛び出して来ないかと冷や冷やしながら見守っていた。

 カツユキが叩くと、巣は思いのほか簡単に穴が開いた。

「ほら、見てみろ」

「……」

 トモリはカツユキに言われて恐る恐る巣の中を覗いてみた。

 すると、確かにカツユキの言った通りおびただしい数の虫が中に詰まっていた。

 しかしそれらが跳びかかって来る事は無く、鈍い動きであたふたしていた。

「本当に大人しくなってる」

「じっと観察してる暇はないぞ?これからは時間との勝負なんだからな」

「うん、わかった」

 トモリもカツユキに習って巣の壁を壊し始めた。

 そして、虫たちは手当たり次第にダガーで始末した。

 カツユキたちの周りには虫の死骸が散乱する事となった。

「巣の本体はあまり傷付けるなよ?」

「どうして?」

「高く売れるからだ」

「そんな事まで考えてたの?」

 トモリは半分くらい呆れながら作業を続けた。

 カツユキに言われた通り、巣には傷を付けずに器用に成虫だけを取り出した。

 その様子を見て、カツユキは少し驚いた。

「お前、結構器用だな」

「そう?これくらいは簡単じゃない?」

「いや、俺はそんなに手早く出来ないからな。大したもんだ」

 トモリの意外な特技のおかげで虫の駆除はカツユキが思っていたよりも早く済んだ。

 一回り大きい『女王蜂』も居たが、それもあっけなく駆除される事となった。

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