第17話
「……お前、妹が居るのか?」
カツユキは少年に尋ねた。
その質問自体に特に意味なんてなかった。
気がついたら口から言葉が出て来てしまったのだ。
「うん!二歳年下の妹が居るんだ!!」
「その妹のためにマンドラゴラが要るのか?」
「うん、お医者様は『抗菌薬が必要だ』って言ったの」
抗菌薬とは抗生物質の一種だ。
患者に投与する事で、患者の中に巣食う菌を無力化する作用がある。
おそらく少年の妹は虫を媒介にする熱病にかかっているのだろう。
「なるほど、確かにマンドラゴラを使えば強力な抗菌薬が作れる」
「うん!だからマンドラゴラを採って来て欲しいんだ!!」
「……ダメだ」
しかし、カツユキは少年の頼みを拒絶した。
トモリは小屋の中からカツユキの様子をじっと見ていた。
だが、口出ししようとしなかった。
「そんな!どうして!?」
「冒険者は慈善事業じゃないからだ」
カツユキは膝を曲げて少年と目線を合わせると少年の目をじっと見た。
少年の目は澄んでいて曇りの無い目だった。
「小僧、良いか?世間は厳しいんだ」
カツユキは少年に諭すように言葉を紡いだ。
それは『かつての自分に言い聞かせている』かのようだった。
カツユキは目の前の少年と昔の自分を重ねていた。
「俺もお前の妹が気の毒だとは思う。だが、金がなくちゃ依頼は受けられないんだ」
「……そんな」
「世の中には悪い奴がたくさん居て『ただで診てやる』とか言う奴もいる」
「ただで診てくれるの?」
「だが、それは甘い誘惑で本当は『妹を実験台にしよう』としてる奴がほとんどだ」
「……実験台!?」
「そうだ。訳の分からない薬やら器具やらをお前の妹で試すんだ」
「そんな事をするの?」
「そんな奴らからお前の妹を守る為にお前が出来る事は『金を稼ぐ事』だ」
少年の肩に置かれたカツユキの手に力がこもった。
「……」
少年を追い返したカツユキは黙っていた。
その表情は何かを考えているかのようでもあったが、その内容は分からなかった。
自らに何かを問いかけているかのようにも見えた。
「……」
トモリはそんなカツユキの背中を黙って見ていた。
太陽はやや緋色になり西へと傾いていた。
夜の闇が東の空からやって来ようとしているのだ。
「……トモリ」
「ん?何?」
カツユキはトモリに背を向けたまま立ち上がった。
その背中は何か迷いを振り切ったかのように見えた。
カツユキは『何か』をしようとしていた。
「ちょっと外へ出て来る」
カツユキはそう言うと、足早に外へ出ようとした。
手には鉈が握られ、武器の類は装備していなかった。
巨大蜂を倒しに行くのではない事は明らかだった。
「あたしも行くよ」
トモリはカツユキの後を追う事にした。
「ここには……ないか」
カツユキは森に入ると草むらに踏み入った。
鉈で草むらを切り開きながらカツユキは目を皿のようにしていた。
何かを探しているのだ。
「ねぇ、カツユキ?」
「……何だ?」
「何を探してるの?」
トモリはカツユキに尋ねた。
カツユキが何を探しているのか知れば手伝えると思ったからだ。
二人はコンビなのだから探し物を一緒にするくらい何でも無い。
「……燃えやすそうなものが無いかと探してるんだ」
「……ふぅん」
その返事を聞いたトモリはカツユキが嘘をついているとすぐに分かった。
カツユキが探しているのは明らかに別の物だった。
なぜならカツユキの探していると言った『燃えやすそうなもの』があるからだ。
藪を切り開いて探すまでもなく、すぐそこに落ちているのだ。
だが、カツユキはそれらには目もくれず必死に『何か』を探している。
「……それってどんなところにあるの?」
トモリはカツユキが探している物の察しがついていた。
しかし、カツユキにそれを指摘しても頑なに否定する事が分かっていた。
だから、それの名前は出さずにカツユキに尋ねた。
「あんまり日当たりの良くない場所にひっそりと生えてる事が多い」
「どんな見た目なの?」
「そうだなぁ『ウコギ』に似た葉っぱが生えていて、花は赤いんだ」
カツユキはトモリの質問に無自覚に答えていた。
自分が探しているものが何なのか誘導されている事が分からなかったのだ。
今のカツユキにはそれに気付くだけの余裕もなくなっていた。
「……『ウコギ』ねぇ」
トモリもそれを探す事にした。
カツユキが必死になって探している薬の材料となる植物。
すなわち『マンドラゴラ』だ。
カツユキとトモリが草藪に分け入ってから三時間が経とうとしていた。
太陽は西の大地に沈む目前まで来ていた。
夜の闇の中ではマンドラゴラを探す事なんてとても出来ない。
「くっそ!何で無いんだ!?」
カツユキはいら立った声で文句を垂れた。
辺りには蚊が飛び交い、カツユキたちは何か所も刺されてしまった。
トモリも汗だくになりながら一生懸命にマンドラゴラを探した。
「……絶対に助けるって約束したのに」
カツユキは知らず知らずのうちに『少年の妹』と『自分の妹』を重ねていた。
病に苦しむ妹の為に涙目になりながら奮闘する少年と自分が何となくダブっていた。
少年の妹を救う事は、自分の妹を救う事につながるような気がしていた。
「カツユキっ!」
奥歯を噛みしめるカツユキを、トモリが呼んだ。
その声でカツユキは我に返った。
「どうした!?」
「これじゃないかな?」
トモリが指さした先には赤い花をつけたウコギに似た植物が生えていた。
マンドラゴラを見た事が無いトモリはカツユキに判断してもらう以外無かった。
「おお、これだこれだ!」
カツユキは歓喜の声をあげた。
それは間違いなくマンドラゴラだった。
カツユキは早速、マンドラゴラを引っこ抜こうと手で掴んだ。
「……引っこ抜いたりして大丈夫?」
「何がだ?」
「だって『引っこ抜いたら死ぬ』って……」
「あんなのはただの迷信だ。見てろよ」
カツユキはそう言うと手に力を込めてマンドラゴラを地面から引き抜いた。
引っこ抜かれたマンドラゴラは鳴き声一つ上げずカツユキの手に収まっていた。
遂にカツユキはマンドラゴラを手に入れたのだ。
「良かったね、カツユキ」
「……え?」
トモリの言葉にカツユキは妙な反応をした。
まるでトモリが的外れな事を言ったかのような反応だった。
「これを探してたんだよね?」
トモリは不安になってカツユキに問いただしてみた。
もし、自分が全く関係無い物を探していたとしたら今までの時間は何になる?
そんな不安を抱えながら恐る恐る尋ねてみた。
「ち、違う!こんなものは探していない!!」
カツユキは取り繕うようにそう言うと引っこ抜いたマンドラゴラを仕舞った。
トモリはその様子を見逃さなかった。
「俺は最初から『燃えやすそうなものを探せ』と言っただろうが!?」
そう言うとカツユキはそそくさとその辺にあった枯れ枝を集め始めた。
カツユキはあたかも最初から枯れ枝を探しているかのように振る舞って見せた。
だが、そうじゃない事はトモリの目には明らかだった。
「……素直じゃないね、カツユキ」
「わけの分からん事を言ってないでお前もさっさと動け!」
「……はいはい」
トモリはそう返事をすると近くにいくらでも転がってる燃料を集めた。
そんな作業にかかる時間なんて大したものでは無かった。
少なくともマンドラゴラを探すために使った時間と比べたら。