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第16話

「なるほど、巨大蜂が近くに巣を作ってしまって食べ物を取りに行けない……と」

「はい、森の恵みを商品にしている私たちにとっては死活問題でして」

 依頼主は村の置かれている状況を端的に説明した。

 昆虫のモンスター『巨大蜂』は暖かい地域に出現するモンスターだ。

 体長三十センチくらいのスズメバチをイメージしてもらうと分かりやすい。

「確かにそれは急を要する依頼ですね」

「はい、それなのに組合は『半年待ってくれ』と」

 収入の少ないこの村に半年も待たせていたら、餓死者が出るだろう。

 依頼人は何とかして村人が生き残る道を模索していたのだ。

 顔に浮かぶ疲れはその証だろう。

「分かりました。早速、準備します」

 カツユキとトモリは早速、仕事の準備に取り掛かった。


「カツユキ、今回は取り掛かるのが早いね」

「巨大蜂は太陽が沈むと動きが鈍くなるんだ」

「つまり『今日中に仕事を終わらせよう』って事?」

「まあ、そうと言えばそうだな」

 カツユキたちが村を訪ねたのは昼過ぎだった。

 太陽は少し西に傾き、一日が後半に入った事を知らせていた。

 つまり、時間がないのだ。

「今回は『巣を駆除してくれ』って依頼だけど、巣なんてどうやって取るの?」

「やる事自体は普通の蜂の駆除とそう変わらない」

 カツユキはトモリと会話をしながら『火打石』の点検をしていた。

 その他にも何やら『茶色い屑の塊』のような物を手に取っていた。

「それ、何?」

「これか?これは『着火剤』だ」

 カツユキは手に持っていた『茶色い屑の塊』をトモリに渡した。

 着火剤からは油の臭いが漂っていた。

 確かに、よく燃えそうに見える。

「着火剤?火であぶり殺すの?」

「いいや、そうじゃあない」

 カツユキはトモリに巨大蜂の駆除について説明する事にした。

 時間はあまりないが『何をするのか?』を共有するのは仕事をする上で大事だ。

 それが出来ていないとお互いに足を引っ張りあってしまう。


「じゃあ、その着火剤が何に必要なの?」

「こいつを使って蜂をいぶすんだ」

「いぶす?」

 トモリにはカツユキが何のために蜂をいぶすのかいまいちピンと来なかった。

 ちなみに『いぶす』とは煙たくするという意味だ。

 蜂と煙に何の関係があるのだろうか?

「……トモリは巨大蜂と戦った事は?」

「二回か三回あるよ」

「その時はどうやって戦ったんだ?」

「ダガーで一匹ずつ倒して回ったよ」

「ああ、なるほど……」

 カツユキはその言葉で妙に納得した。

 半年くらい一緒に仕事をして来たが、トモリはあまり道具を使ったりしない。

 いつも己の身一つで依頼をこなす『昔気質』な冒険者だ。

「確かに、あまり蜂が多くない時はそういうやり方もする」

「今回は違うって事?」

「相手の数が多すぎる」

 カツユキはいったん手を止めると、トモリに向き直った。

 トモリもカツユキの雰囲気が変わった事を察知し、顔つきが変わった。

 たかが蜂だと思って侮ってはいけないと感じたのだ。

「巨大蜂の巣を駆除する時に重要なのは『いかに蜂の動きを封じるか』だ」

「そのために煙が要るんだね?」

「そう言う事だ」

 カツユキはトモリに『巨大蜂の生態』について説明する事にした。

 もう何度も繰り返されたお決まりのやり取りだった。

 だが、それだけ大切なやり取りでもあった。

「巨大蜂の動きを封じるには煙を使って気絶させるのが一般的だ」

「気絶するの?」

「『虫が気絶する』ってちょっとイメージしにくいが本当にこれで大人しくなる」

 煙をかければ蜂は一時的に動きが鈍くなり、対処しやすくなる。

 しかしこれはあくまでも時間稼ぎに過ぎず、やはり最後は武器を使う事になる。

 だが、この一時しのぎが安全に素早く蜂を駆除するのにとても大切だった。

「なるほど、その為に着火剤は必要になるんだね?」

「そう言う事だ」


 二人がそんな会話をしている時だった。

 トントントン

 と、控えめなノックの音が聞こえてきた。

「誰だろう?」

「依頼人じゃないか?」

 そう言うとカツユキは小屋の外へと出た。

 するとそこに居たのは依頼人ではなく、十歳くらいの少年だった。

 少年はあちこち傷んだ服を身にまとい、見るからに貧しそうだった。

「……何の用だ」

 カツユキは少年に訪ねて来たわけを聞いた。

 しかし、カツユキには少年がやってきた理由の予想がついていた。

「あの……おじさんたち、冒険者でしょ?」

「おじっ!あ、まあいい。確かに俺たちは冒険者だが?」

「……」

「どうした?黙ってちゃ分らんぞ?」

 カツユキに促されて、少年は意を決したように言った。

 少年はまっすぐな目でカツユキの三白眼を見ていた。

「実は……『マンドラゴラ』を取って来て欲しいんだ……です」

「マンドラゴラ?」

 カツユキはそれが何なのか知っていた。

 マンドラゴラとは秘境にのみ自生している植物で薬の材料となる。

 見た目は『朝鮮人参』に似ており、引っこ抜くと死に至るという迷信がある。

「『マンドラゴラの採集』だったら一分銀貨二枚で引き受けてるぞ?」

「……それが、お金がなくて」

「いくらまでなら出せる?」

 カツユキは最初から少年に二分なんて払えるわけがないと分かっていた。

 二分とは一両の半分で食用の米だったら百キロは買える額だ。

 だが決して吹っ掛けたりはしておらず、むしろ正規の料金の半分ですらあった。

「その……二朱までなら」

「……二朱か」

 カツユキはその額を聞いてやるせない気持ちになった。

 二朱とは一分の半分だ。

「悪いな、とてもそんな額じゃ引き受けるわけには行かない」

 カツユキは少年の依頼を断る事にした。


「そんな!お願い……します!!」

 少年は必死にカツユキに懇願した。

「妹を助けて!何でもするから!!」

 その言葉を聞いて、カツユキの脳裏にある出来事がよぎった。

 忘れもしないカツユキの記憶に深く刻まれた出来事だ。


 それはカツユキの妹が病気になった時の事だった。

「残念ですが、その額ではこれ以上治療を続ける事は出来ません」

 医者はカツユキの両親にそう告げた。

 カツユキの父親は事業に失敗し、ほとんどの資産を失ってしまった。

 手元に残ったのは屋敷とわずかなお金だけだった。

「……どうする事も出来ないんですか?」

「この病気を治そうとしたら長期間の治療が必要になります」

 カツユキの妹は生まれつき身体が弱く、たびたび病に伏せた。

 この世界には『健康保険』なんて制度は存在しないから全額自費が当たり前だ。

 長期の治療と成ったらその額も跳ね上がる。

「そんな!お願いします!!」

 小さいカツユキは涙目で医者にすがりついた。

 治療が出来ないとなれば、妹は苦しみぬいて死ぬだけだ。

 そんな姿は見たくなかった。

「坊や、すまんね。医者も慈善事業じゃないんだ」

「お願い!妹を助けて!!何でもするから」

 カツユキは必死に医者に懇願した。

 本当に妹が助かるなら何でもするつもりでいた。

 例え、この魂を売ったってかまわないとさえ考えていた。

「……すまんね」

 だが、現実は非情だった。

 魂さえ売り渡す覚悟があったカツユキの魂を買い取る者は居なかった。

 妹を救うためには、覚悟ではなく金が必要だった。

「……」

 医者が帰った後も、カツユキは病床に伏せる妹を見つめていた。

 今はまだ血色も良いが、これが徐々に青白くなり身体もやつれて来る。

「……僕が……俺が金を稼いで来る」

 小さなカツユキはその時、自分の命を賭けて金を稼ぎ続けると誓った。

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