第15話
「食べたし遊んだし、今日は満喫したね。カツユキ?」
「いいや、まだだ」
「え?」
「まだ『最後の締め』が残ってる」
そうカツユキが言うと空が急に虹色に輝いた。
「わあ!花火だ!!」
「そう、祭りと言えば花火だろう」
光が『ピューン』という音を立てて、天に昇って行く。
そして、それがはじけると空に光の花が咲いた。
「……きれいだね、カツユキ」
「ああ、そうだな」
そうは言ったが、カツユキは花火はあまり見ていなかった。
どちらかと言うと、隣でりんご飴を握りしめるトモリの瞳を見ていた。
トモリの瞳にははじける花火の光が反射してキラキラと輝いていた。
「(アイツもこんな感じで花火を見ていたなぁ)」
カツユキは昔、妹と一緒に花火大会に来た時の事を思い出していた。
「お兄様、見てください!」
「ああ、見てるよ」
「まるでお花が咲いているようですわ」
「ただの爆発だよ」
「お兄様ったら、夢が無いですよ?」
「ごめんごめん」
「でも、今日は本当に楽しかったですわ。金魚は残念でしたけど」
「いつか必ず獲ってみせるよ」
「約束ですよ?」
「うん、約束する!」
カツユキは妹と小指を絡ませた。
「カツユキ?」
「え?あ、何だ?」
「『何だ?』じゃないよ。来年もまた来ようねって言ってるの」
「あ、ああ。そうだな、また来ような」
トモリとカツユキは小指を絡めて誓った。
「……約束だ」
「ふ~~、極楽極楽」
「それ、親父臭いよ」
「良いじゃねぇか」
カツユキたちは汗を流すために温泉に入る事にした。
ここの温泉は魚が泳いでいる事で有名な『漁療の湯』だ。
「カツユキ、いっぱい群がって来たよ」
「ああ、角質を食べてくれるんだ」
「わぁ~、可愛い」
カツユキとトモリは魚に全身をついばまれる事になった。
「お湯に住んでる魚なんて不思議だね?」
「まあ、モンスターの一種だからな」
「へぇ~、これもモンスターなんだ」
「噂によれば『溶岩の中を泳ぐ魚のモンスター』も居るらしい」
「それ、どうやって生きてるの?」
「人間の常識が通用しないのがモンスターだからな」
「ちょっと、信じられないなぁ」
「魚じゃあないが『鎧竜』も溶岩に潜るぞ?」
「鎧竜って岩そっくりって言われてるヤツ?」
「ああ、俺も何回か見た事があるが圧倒されるぞ?」
「倒した事は?」
「あんなのは人間が相手出来る生き物じゃあない。動く要塞みたいなものだ」
カツユキは手拭いを頭に乗せなおした。
「ふぅ~~、いい湯だ」
「あん!やだ!!」
「変な声を出すな」
「だって、この子たち変なとこを突つくんだもん!」
「手で隠せば良いだろ?」
「隠してるよ!でも……ん!あっちこっちに……ひんっ!」
「……」
「ハンっ!イヤっ!ダメっ!」
「全く、付き合ってられんぜ」
「カツユキ!助けてよ」
カツユキはトモリに背を向けて湯から上がってしまった。
彼の股間部が少し充血していたのはトモリにはバレなかった。
「あ~、楽しかったね」
「充分休めたみたいだな。これからが大変だぞ?」
「分かってるよ。三か月くらい予定が埋まってるんでしょ?」
「ああ、最初は『巨大蜂』の駆除からだ」
つかの間の休暇を終えたカツユキとトモリは南の密林にやって来ていた。
目的は『巨大蜂の巣の駆除』である。
「カツユキ、依頼のあった場所はどの辺り?」
「そうだなぁ……そろそろ見える頃だな」
カツユキは方位磁針と地図を交互に見ながら確認した。
手書きの地図はところどころ怪しい部分があるが、これしか頼るものがない。
「あ、あれじゃない?目印のドクロ岩って」
「ああ、多分そうだな」
トモリの指さす先には骸骨をイメージさせる大きな岩があった。
この巨岩は通称『ドクロ岩』と呼ばれ『ハチ公像』のような扱いをされている。
「ちょっと道を聞いてみるか」
「任せて!」
トモリはドクロ岩の前に座っている白髪の男性に声をかけた。
目つきが悪くて大柄なカツユキよりもトモリが話しかけた方が反応が良かった。
トモリは人懐っこい性格だったし、秘湯の効果で美人にもなっていたからだ。
「すみません、ちょっと道をお尋ねしたいんですが……」
「え?ああ、どこへ行きたいんだい?」
「実はこの村へ行きたいんですが……」
「ああ、ここか。それだったらこの道をまっすぐ行って突き当りを右だよ」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
カツユキはその様子を見ながら思った。
「(一人で仕事してた時は本当に苦労したなぁ)」
冒険者は異質な雰囲気を漂わせる集団だから、一般人からよく避けられた。
カツユキが話しかけたら一目散に逃げだす人も珍しくなかった。
それからしたらトモリを相棒にしてからは随分と楽になった。
「カツユキ、分かったよ!」
「よし、それじゃあ行くか」
カツユキとトモリは依頼人の住む村へと歩き出した。
「ここだな」
教えてもらった通りにカツユキたちが歩くと目的の場所はすぐに見つかった。
着いたのはあまり大きくない村だった。
木で出来た小屋のような家が十軒くらい建っていて、人の動きはまばらだった。
「この村に依頼人が居るはずなんだがなぁ」
そんな事を言いながらカツユキが村を見回していると村人の一人が話しかけて来た。
「あんたたち、冒険者かい?」
「はい、シロウさんはこの村にいらっしゃいますか?」
「ああ、シロウさんだったらあの家に住んでるよ」
村人はそう言うと他の小屋に比べて一回り大きい小屋を指さした。
どうやら、依頼人はこの村では有力な人物らしい。
「教えていただき、ありがとうございました」
カツユキは村人にお辞儀をした。
「いやいや、気にしなくて良いよ」
そう言うと村人は籠を頭に乗せて歩いて行った。
籠の中には食べ物が入っていたが、あまり多くはなかった。
その様子をカツユキはじっと見ていた。
「カツユキ、どうしたの?」
「え?ああ、いや。何でもない」
「そう?じゃあ早く行こう」
トモリとカツユキは依頼人の家を訪ねる事にした。
「ごめん下さい」
「はい、どなたですか?」
カツユキが家の中へ声をかけると返事がすぐにあった。
幸運にも依頼人は在宅だったようだ。
「冒険者のカツユキです。シロウさんから依頼を受けて参りました」
「ああ、冒険者さんか。すぐに行きます」
そう返事があってから間もなく家の中から依頼人が顔を出した。
「冒険者さん、ようこそいらっしゃいました」
シロウさんはカツユキとトモリを家の中へと案内した。
その顔にはいくらか疲れが浮かんでいるように見えた。
「大した歓迎は出来ませんが、どうかお茶だけでも」
「いえ、そんなお気遣いなく」
「そう言わずに。さ、どうぞ」