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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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ここへ来た理由

 路地を抜けると、とあるスタジアム――いや、古い闘技場と言う方が相応しい大きな建物が現れた。

ミノンは非常口のような出入り口から、慣れた足取りでその闘技場へと入っていく。


「ここに入るの?」

「ここはただの抜け道なのよ。通らなくても良いんだけど、目的地までの道乗りは治安が悪いから、人気も多くて紛れやすいこの場所の方が都合が良いのよ」


 それからしばらくして、僕らは闘技場の観客席に辿り着いた。

下の会場ではまさに闘技の真っ最中で、何よりも驚いたのはそこで戦っているのが影だったことだ


「少し観ていく?」


 それには迷わず頷いた。


「『幻能を持たぬ者』同士が影を出し合って、影と二人三脚で戦うの。影だけで戦わせても『持たぬ者』同士じゃ決着は付けられないから、最終的に影主を負傷させて影を出せなくさせた方の勝ち。殺すのはなしよ」


 それを聞いて安心した。下で戦う二人の闘技者は、今にも相手の首を吹っ飛ばしそうな勢いで影を操っていたから。


 輪郭のはっきりしない人型の影が、少しずつ形を変えながら主人を守り、そして攻撃する。時々人間が直接手を出す。見苦しい瞬間も多々あったが、周囲はその度に大盛り上がりだ。きっと、賭けでもしているんだろう。


「上手いこと鍛えれば、ただの影でもあれだけ俊敏に動かせるようになるの」


そう言ってミノンはまた歩き出した。

闘技場を抜ければ目的地まではすぐで、僕らは酒屋の看板がぶら下がった小さな建物の中へと、消えるように入っていった。看板を見て気が付いたが文字は向こうとは異なるようだ。


 ワイン棚とカウンターの間にいる店主らしき人物が、突如現れた僕をじっと睨んだ。彼に向かってミノンが何かを言うと、店主から僕に向かって何かが投げ渡されたのだ。僕はそれを、すんでのところで受け取った。


ミノンが言った言葉は、僕には聞き取れなかったが合言葉か何かだろうか。

 店主から渡されたのは鍵だった。


「こっち、ついてきて」


 ミノンに言われるまま、僕は酒屋の地下へと降りていった。


「ねえ、ここどこなの?」

「あなたみたいな人の為に、内密に作られた避難所よ」


 僕みたいなって・・・。前にも世界そのものに迷い込んだ奴がいただろうか。


階段から地下へ通ずる戸の鍵は、ミノンが開けた。地下は上の階よりもずっと広く、寧ろこっちの方がメインに扱われているようにも見える。細長い通路の両壁に、計八つもの扉が並んでおり、僕が持つ鍵は、最奥の戸の鍵だった。


 部屋に入るなり、彼女は言ったのだ。


「もう一度確認だけど、マコト。この街の外から来たわけじゃないのよね?」

「あ、うん。ミノンが話してたみたいに、多分、世界そのものが違うんだと思う」


 こんな話、普段の僕なら信じてくれないからと、話していなかっただろう。けれど、今回はミノンの方から持ちかけてきたから別だ。

「・・・・・・青い戸?」


 率直に尋ねられて、胸の鼓動が速まる。


「う、うん。そうだよ!何?知ってるの?」

「私の父も――二年前に亡くなってるんだけど――青い戸から来た人と関わりがあったの。私はマコトが初めて。けど、もし現れたら、向こうに帰る手助けをしてあげなさいって、言われていたから」


 ミノンは言いながら、小さなトランクを開き、その中心に大きな何かを突っ込んだ。

それは、何枚もの円盤を纏った、信じられないくらいに大きな黄色い宝石の様で、地下の僅かな光さえ反射して輝きが隠せていない。その宝石を隠すように、服やらタオルやらを詰め込むと、ミノンはパタンとトランクの蓋を閉めてしまった。


 何が何だか。話しについていけずに、僕はその様子をただじっと見ているだけだった。


「あなた、鍵は持ってる?」

「鍵?鍵って、あの戸の?」

「そうよ。あちらから来る人は絶対それを持ってるって。だって、それがないと帰れないから」


 言葉が詰まった。確かに、行きには鍵穴があった。けど、成り行きでこちらに来たから、帰りもそれとなく帰れるものだと思っていたのだ。鍵なんてそんな話――

「――いや、待てよ・・・・・・」

 ぼんやりと思い出したやり取りがある。アルタさんが、戸を閉める直前、僕に言った言葉だ。

けれど、やっぱり実体は受け取っていない。


 僕の思い詰めた顔を見て、ミノンは戸惑うように言った。


「あなたがどうしてここへ来たのかは知らないわ。けど、あんな目に遭って分かったでしょう?こっちじゃマコトは胸を張って生きれない。戸を見つけて早く帰るべきなの。でも――」

「――ちょっと待って」


 彼女はビクリと口を閉ざした。「――鍵がないと帰れないじゃない」そんな風に言いたかったのだろう。だが、その前にこちらからも言っておきたいことがある。


「そりゃ、いつかは僕も帰るよ。でも、今すぐにってわけにはいかない。僕だって、目的があって来たんだ。ミノン一人で勝手に話を進めないでよ」


 ミノンは少し躊躇って、「そうよね」と嘆いた。


「・・・・・・ごめんなさい。・・・私、この世界がとても息苦しい。だから、あなたが早く帰るべきだって決めつけてた」

ミノンは溜息を吐くように一息置いて言った。


「あなたの目的を、訊いても良いかしら?」

「僕・・・」


 その先は、考えるより先に言葉が出ていた。


「僕、君の助けになりたくて、あの戸を越してきたんだ」


 言った後ではっとした。僕は、いつの間にか「誰を助けに来た」のではなく「ミノンを助けに来た」のだと認識していたのだ。


「・・・それ、本当?」


 信じられないと言う顔で、ミノンは聞き返してきた。どうして自分なのか、なんてことは尋ねてこなかった。やっぱり、ミノンには何か思い当たる節があるのだ。

あの影についてか。僕を衛兵から匿ったように、ミノンも逃げる理由を抱えているのかもしれない。


「・・・・・・本当に?本当に、私に手を貸してくれるの?」

「うん。…果たさない限りは、帰るつもりはないよ」


 彼女の反応は、予想だにしないものだった。ミノンは一瞬、驚いたかと思えば、嬉しそうに顔をほころばせて、またすぐにあの真面目な顔付きへと戻った。

それから荷造りをちゃっちゃと済ませると、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いたのだった。


「その言葉には、心の底から感謝したいわ。けど、私に関わるとあなたにまで危険を追わせてしまう」

「それでも良いよ」

「私についてきて後悔しない?」

「それは・・・ついて行ってみないと何とも言えないけど。・・・けど、絶対に裏切らないってことだけは約束するよ」


 彼女は僕の手を取って、小さく「感謝するわ」と言った。手を取られた瞬間、不覚にもドキッとした自分がいた。僕だって高校三年生だ。手を取られたくらいで、いちいち騒いだりはしない。でもその時の、あまりにも純粋な目で僕を見る彼女の姿には、思わず見惚れそうになった。


「本当は明日の朝、出発するつもりでいたけど、あなたが来てくれるとなれば、今夜、ここを出ることにするわ」

「えっと、僕は何をすれば・・・」

「とりあえずついてきて。話しておきたいことが沢山あるの」


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