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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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幻能と国


「本当にありがとう。こんなんじゃお礼にならないのは分かってるけど……これ、好きなだけ、持っていってほしい」


 僕が硬貨の入った巾着を差し出すと、彼女は困った顔をして首を振る。


「お金は受け取れないわ。・・・・・・そうだ。代わりにこれを下さらない?」


そう言って彼女が指差したのは、僕が抱えていた肉の串焼きだ。


「こんなんでいいの?」

「ええ、十分よ。ちょうどお腹が空いていたの」


 僕は握り潰していない方の肉を渡して、彼女と一緒に齧り付いた。


「そう言えば、まだ名乗ってなかったわね。私、ミノン」

「・・・僕、マコト」

「よろしく、マコト」


 ミノンはそれから、僕を襲った影の正体について語り始めた。

ここで暮らす人々は、生まれた時から影と二人三脚で人生を歩み始めるという。言ってしまえば、それは僕も同じだけれど、異なるのはこの世界には言葉では言い表せぬ力が存在していると言うこと。

それが「幻能(げんのう)」。

僕が知る言葉だと、きっと、「魔力」というのが最もそれに近い。


ここの人々も、生まれながらに魔力を手にし、その力をちょうど二等分して、影を動かしている。二等分した力は、自分の分と、影の分。

けれど、この「自分の分」は、ミノン達が生きるために必要な力であって、彼らは影を動かす以外に使う分の余力は持ち合わせていなかった。


「――だから、影を動かせるだけでは『幻能を持たぬ者』とされるの」

「・・・そうやって名前がつくってことは“幻能を持つ”特殊なケースも、何かあるってことだよね」


ミノンは軽く頷いて、それについては深掘りしなかった。


「あなたと違って、私たち、幻能がないと生きていけないのよ。けど、たまにいるの。影を出すこともできぬほどの、僅かな幻能しか持たずに生まれてくる人が。影が無いから、その違いは一目瞭然。彼らは『影無し』」


 彼らは、必ずと言って良いほど、黒髪で生まれてくるそうだ。そして、僕がされたように差別の対象とされる。


「『影無し』が生まれてくるのと、彼らが差別されるのには訳があるの」


 国が出来た当初、ずっと昔の出来事だそうだ。


立国と共に、幻能者(げんのうしゃ)と閉じ込められてしまった人間――僕のような人間は、幻能者と力の差が生まれるのを恐れたという。そこで、幻能者の影を狩り、自分のものとしたものが大勢いたそうだ。


「・・・えっ、つまり、幻能者の影は主体を選ばずに憑依できるってこと?僕、てっきり個々に特徴を持った二つと無い影を持ってるのかと――」

「――それはあってるわ。でも、誰しも簡単にってわけにはいかないのよ。それに憑依って・・・」


 ミノンがおかしげに笑って話を続けた。


「影を自分のものにするにはね、元の主体からその人の一部をもらう必要があるのよ」

「一部・・・?」

「一般的には、手とか、足とか」

「え!?一部って、そんなにまるまる?」

「そう。どうも、主体が捧げた割合が、貰った後の影の力に影響するらしいの。それが、当時は非力な幻能者の大量虐殺に繋がってしまったの。今は影の受け渡しなんて滅多に行なわれていないから、私もそんなに詳しくは知らないわ。貰った影主(かげぬし)の肉体をどうするのかも含めてね」


 そうして影を受け取った後の人間も、やっぱり幻能は持っておらず、幻能者との間の子も幻能の力が薄まって生まれてくる。故に、「影無し」の子は嘗て大量虐殺を行なった人間の子孫だとされ、避けられる存在となったという。


「影が無いからって、何だって言うのよ。虐殺が起こったのは()うの昔のことじゃない。今は、同じ人間だわ」

「それは、僕もそう思うよ」


 あの一瞬でも窮屈さが伝わってきたんだ。


「ええ。この街はまだマシな方だけど、もっと酷い町じゃ、影の力に抗えずに奴隷として売り飛ばされていく『影無し』もいるの。この町は差別までで済んでいるけれど、『影無し』を見る目は、奴隷を見る目と変わらないわ」


 彼女は悲しそうな、将又怒りの籠もったような目つきで語っていた。ミノンもまた、「影無し」の一人なのだろうか。にしては、髪は綺麗に明るいし、普通の影もある。

いや、聞くにはまだ早い。これはまた今度、今後も僕らの関係が続いていたら訊けば良い。


「・・・あれ?なら、僕はさっき、影に追いかけられる必要あった?」


 そう、串焼き肉を買えたんだ。そこまでは良かったんだ。店主があの時僕に言ったのは――


「『――よそ者』」


 僕の声に被さってミノンが言う。


「――あ、ごめんなさい。私があなたをそう呼んだんじゃなくて、もしかしたらそう言われたのかなって思って。それで――」

「大丈夫!分かってるから」


 ミノンが慌てて言うものだから、僕も慌てて返した。


「・・・それを知るには、まずこの世界のことを知る必要があるわ。今はひとまず、この町の人があなたみたいな外から来た者を嫌っていると言うことだけ覚えておいて。ここの人は、外の人間より、自分達の方が偉いと思ってるから」

「うん」


 「わかった」と言い掛けて、口を噤んだ。彼女は今、「世界」と言ったのだ。「この町」ではなく。

それではまるで、僕が、町どころの話ではなく世界そのものが異なるところから来た人間だと、既に知っていたような言い振りだ。僕でさえ、本当にその解釈で良いのか迷っていたくらいなのに。


 今の返事を取り消して、もう一度ミノンに尋ねようかと思ったが、僕が言うよりも先に彼女は言ったのだった。


「警報が鳴らされて、衛兵が発動されたの。あの影たちは、主である兵のもと操られてたわ。けど、兵士も遠距離からじゃ、精密に影を操れない。だから、あなたを追いかけているように見せて、影には真っ直ぐ進むようにしか指示を出していないのよ。本当の狙いは、体制を整えた衛兵の元に追い詰められたあなたを、人の手で捕らえること。だからマコトが途中で進路を変えれば、何等問題はないってこと!」


 ミノンは衛兵達の策略を見破ったことを、自慢げな顔で話した。


「そんな仕組みになってたんだ・・・」


 ここに来て間もない僕が言えることでないかもしれないが、ミノンは良い意味で、他者と違う雰囲気を(まと)っている。なんというか、先入観にとらわれず彼女なりの考えを持って、それを行動に移している。僕は、ミノンになら既に信頼を抱いていたくらいだ。


 そうこうと話しているうちに、僕はあの通りから随分と歩いたみたいで、あの騒然とした空気も消え、流れていた音楽も聞こえなくなっていた。


 薄暗い路地で、色硝子に包まれた灯りが並ぶ落ち着きの中、今度はまた違う歓声が聞こえてきたのだった。


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