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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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想定外の事態


「アルタさん、これもう、最高だよ!」


 この声が届いていなくとも、思わず声に出た。

現実を忘れられる瞬間が来るだけでなく、僕自身があの現実から抜け出せるなんて。

カナメには悪いけれど、もう少しだけ僕はこの瞬間を楽しませてもらう。当然、アルタさんから言われた人を、主な目的として。


 塔を出て、小道を少し歩けばあっという間に大通りに着いた。遠くには微かだが山陰が見える。恐らく、この通りは山の麓へと続いているのだろう。


 やっぱり、僕が予想していた通りだった。この町は祭りの真っ最中である。街灯から掛けられた幕、途切れることのない穏やかな音楽、溢れかえった出店と、そこに賑わう大勢の人々が、祭りの最中だと示していた。


 それに、まだ昼間だというのに異様に明かりが灯っている。日の光と、それに色を与えるかのようにぶら下げられた、円い色硝子。お陰で、あちらこちらにカラフルな影が浮かび上がっていた。


目立つ建物はあの塔くらいしかなくて、ここらには屋台のような、将又小屋のような小さな建物が、とりあえずその土地を埋めているかのように不規則に並んでいた。そのせいか、この大通りからは幾つもの細道が生えていて、そっちに行ってしまえば確実に迷うと断言できたから、僕はひとまず大通りを歩くことにした。


 通りを歩く人々は、皆揃って派手な色の服を着ている。そういえば、僕のような黒髪の人も見掛けない。僕の、白いワイシャツと黒いズボンのモノトーンの格好は、とても目立っているようで、すれ違う人にジロジロと見られている視線が少しだけ心地悪い。


 けど、いつもそんな環境で過ごしてきたのだ。

僕の心が削られていくような環境は、意識から完全に消し去る術が、自然と身についていた。だから、しばらく歩けば周囲からの視線は、僕自身の好奇心に負けて、全くと言って良いほど気にならなくなっていた。


どこかで見覚えのある民族衣装のような、細かな装飾が重ねられた服で、僕の絵心がくすぐられる。

この色とりどりの光と影が合わさった町の風景も、足を進めるうちに描きたくて仕方がなくなっていた。

でも、今の僕じゃ、この繊細な光には目と脳が追いつかない。きっとまた、筆が止まる。それでも今は、久々に掴んだ「描きたい」という欲望の感覚が、ただ嬉しかった。


 そう言えば、お昼ご飯がまだだった。カナメの家で、二人で適当にラーメンでも作って昼飯にしようと思っていたのだ。

出店から漂ってくる匂いに、僕の腹がグゥと応える。


 無用心にも、あの部屋に入るとき、僕はカウンター席の足元に荷物を置いたままだったから、スマホも財布もあちらの世界に置きっぱなしだった。ああ、白紙の進路調査票も、一緒に。


「…まあ、あったとしても、あのお金は使えないよな」


 自分だけ手ぶらなのが落ち着かなくて、僕は両手をポケットに突っ込んだ。そこでようやく、僕は気が付いたのだ。


・・・何かある。ポケットの中に、入れた記憶のない何かが入っているのだ。

取り出して現れたのは、パンパンに中身の詰まった巾着だった。アルタさん、いつの間に入れてくれたんだろう。巾着の中には、この街の人々が使用する硬貨が詰まっていたのだ。


ここの硬貨は、僕が知るような物とは程遠くて、角の丸い三角形をしていた。色の付いた鉄板を薄く伸ばして、その上に数字らしき文字と、変な生き物の模様が刻まれている。


この生き物、どこかで見覚えがあった。

・・・ああ、そうだ。こいつは、あのドアノブに引っ掛かっていた奴だ。


 ひとまず、腹の足しになりそうなものを買いに、できるだけ列の短い出店に並んだ。僕の知る焼き鳥の三倍くらいの大きさはありそうな、ぶっとい串焼きを売る出店だ。


けれど、あろうことか、先に並んでいた人のうち、幾人かは僕を見るなり怪訝な顔をして去って行ってしまった。彼らが去って行く理由(わけ)が自分だと確信するには時間が掛かった。戸惑いが隠しきれなかった。


少し服装が違うからって、何だっていうんだ。そこまであからさまに嫌な顔をしなくたって良いではないか。もしかして、文化の違いで何か失礼に当たることをしただろうか。


僕の中で、一気に不満と不安が募ったけれど、お陰で早く順番が回ってきたのでそれ以上は考えないことにした。


 店主も、当たり前の様に僕を嫌な顔で見たが、僕が硬貨を手にしていると分かるとしかたなさそうに言った。


「幾つ買ってく?」

「え?」


 思わず声が出た。言葉が通じるなど、全く予想していなかったのだ。身振り手振りでどうにかするつもりで構えていたのに。


「だぁから、幾つ買うんだって」

「えっと、二つ・・・」

「先に金だ」

「ああ、はい・・・」


 店主のいい加減な態度には何も言わず、一番価値のありそうな大きな硬貨を渡すとおつりが返ってきた。


「二つ詰めてそいつに渡してやれ」

「・・・え?」


 今度は自分だけに聞こえるように声を出した。何せ、店主の他に、この出店で働く人は見当たらなかったものだから、一体彼が誰に向かってそんな指示を出したのか疑問だったのだ。


 だが、その答えはすぐに形となって現れた。


僕の視界の隅、店主の足元。そこに伸びた影が一瞬動いたような気がして、反射的に顔を向けた。


 いや、そう見えたんじゃない。実際、動いていたのだ。その影は瞬く間にムクムクと膨れ上がり、人の形となって僕を見下ろしたのである。

その光景に、驚かないはずがなかった。


「うわ!なになになに!?」


 影が動いたのだ!その反応は至って当たり前のはずだろう。だが、僕の驚き声はそれ以上にまずい事態を引き起こしてしまったようだ。


「クソッ!お前、やっぱりよそ者だったか!」


 店主がいきなり罵声を上げたかと思うと、店の隅にあった赤いスイッチを、力強く押したのだった。そして、鬼の形相で僕を睨んだ。


 途端に、耳を塞ぐほどの音量でベルが鳴る。

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