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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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《第十章 僕ら》 僕ら


 しばらくの間、意識が行ったり来たりしていた。温かい日差しに、このまま眠ってしまいたかったけれど、僕の本能が起きていろと言っていた。


「・・・マコト?」


 これはヒロトの声だ。さっきから、何度か名前を呼ばれている事には気が付いていたけど、今ようやく、返事ができそうだ。


「・・・結局、こっち来てくれたんだ」


 ぼんやりとしか見えないけど、僕の返事に相当動揺したヒロトの表情は、こんな時でも面白かった。


「・・・お前が、『頼んだ』とか言うからだろ・・・」

「ごめん」

「でも、向こうに帰ったら今度は一緒に立ち向かってくれんだろ」

「・・・うん」


 僕らは、淡い草原の中にいた。ハタと迷い込んだ草原に、また戻って来たみたいだ。今度は青い戸が無く、僕らだけしかいない世界。


 ・・・あれから、向こうの戦場はどうなっただろう。


僕の脚に付いていたアギさんの影は、既に消えている。それがどうか、アギさんの存在と一緒に、なんて事にはなっていないでほしい。無事、アギさんの元へと戻っていったと、思いたい。


ファロイは・・・僕のように吹き飛ばされたけど、あれだけの根強さがあれば大丈夫だろう。


青空からの日差しが眩しくて、眼を開けていられなかった。それで、顔を横に向けたんだ。

そうしたらちょうど、僕の視界に、草に(つまづ)きそうになりながらもこちらに走ってくる、ミノンの姿が見えたのだった。


「マコト!?マコト!・・・マコト・・・!」


 何度も僕の名前を呼びながら、慌てた様子で駆け寄ってきたかと思えば、彼女はいきなり僕へと抱きついてきた。


「ちょっ、ミノン・・・!?」


この時の、ヒロトの意味深な目配せは無視だ。


「はぁ・・・・・・良かった。このままずっとああだったら、どうしようかって」


 起き上がって、僕は改めてミノンを見た。目が合って、僕らは自然に頷き合った。


「マコト。ありがとう。・・・これ」


 ミノンの手には、いつの日振りか、ラピュアスがあった。平然とした顔で、円盤をくるくると回しながら。


「良かった。見つかったんだ、ラピュアス。・・・・・・シヴァは?」

「あそこよ」


 ミノンが指差した先には、草の中で佇むシヴァの姿があった。


「ラピュアスを手にして、改めでじっくり話をしたくなったの」

「話せたの?」

「・・・まだよ」

「行ってきなよ。僕も、立ち上がれそうになったら行くから・・・」


 ミノンが優しく頷いて、僕から離れていく。ミノンがシヴァの元に着くのを見届けてから、僕もヒロトと話をした。

今まであった事だとか、この先どうするだとか。お互い顔を背けていた何年分という話を。

正直、話切るには時間が足りなかった。


「――ヒロト、今更訊くなよって話だろうけど、本当に良かったの?ほら、ファロイって人、ああでもヒロトに兵士としての居場所を・・・」

「ん、あんま気にすんなよ。確かに、こっちでの居場所をくれたのはあの人だけど、深く関わりが会ったわけじゃない。寧ろ、デクシーの隊長の方が・・・ああ、あの人に何も言わず出てきたのだけは、少し心残りかな」


 ヒロトは、もう消えてしまった青い戸があった方を、名残惜しそうに見つめた。


「マコトだって・・・あのミノンって人とずっと一緒にいたんだろ」

「ずっとじゃないけど・・・」

「へぇ・・・」


 何をにやにやしているかと思えば、明らかからかいの表情でヒロトは続けたのだった。


「奥手で絵のことしか頭にないやつかと思ってたけど、やるじゃん」

「やるじゃんって・・・何がだよ!」


 一発叩いてツッコんでやりたかったけど、今はその為に立ち上がる元気がなかった。


「ああ、絵と言えばさ、最後に使ったあれ、テレピン油?」


 ヒロトが言う「あれ」というのは、僕がファロイを脅す際に使った瓶の中身についてだ。


「こっちの画材だから分かんないけど、多分そんな感じだと思う。この国が、絵に関心が無くて良かったって初めて思えたよ。じゃないと、あれが、そんな簡単に燃えるもんじゃないって見破られてた・・・」

「最後まで画材に頼るって・・・何かマコトって感じだよな。お前があんなに体張れるのは意外だったよ・・・」

「意外と言えば、ヒロトだって。僕と同じで、根に持つタイプだったんだ」


 何の事かと首を傾げたヒロトだが、これだけは言わないでおこうと思った。


大したことじゃないんだ。

「アイザ」という、ヒロトの兵士としての名前。あれは、僕が今までで唯一、ヒロトに勝った瞬間だった。小学校の学芸会。主役の座を狙った僕と、他クラスのヒロトの希望が重なってしまったんだ。その役名が、アイザだった。

結局、役を貰えたのは僕の方で、それまでずっと、ヒロトには敵わないもんだと思っていた僕だったから、余計に感慨深かったのを覚えている。ヒロトは、何となくその名を使用していただけかもしれないけど、僕はヒロトの負けず嫌いが出たのだと思っておくことにした。


「マコト。そろそろ立てる?向こうも話し終わったみたいだから、行こうぜ」


 ヒロトに腕を引かれて、重い体を持ち上げた。体中がキシキシ鳴っている。


 遠くで僕らを待つミノンの姿が、あの夏、美術室で見た夢の少女と重なって見えた。あれはきっと・・・いや、確実にあの夢で僕が見たのは、ミノンだったんだろう。


              ✿


 そよ風が頬をさする。その風に押されて、僕はミノンの前まで来た。そしてまた、風に流されるように二人で話をした。


「――ミノンはさ、ここを出た後はどうするつもり?」

「あなたが話していたダケンさんって人、頼れないか一度会いに行ってみるわ。それから、できるのならもう一度お母さんに会いたい」

「そう。少ししか話してないけど、ダケンさんは、信頼してもいい人な気がするな。・・・お母さん、今度は、ちゃんと事務的な話以外もできると良いね」

「ええ、そうね」


 ミノンがいつもの笑いで肩を揺らす。


しばらく、風の音に耳を澄ましていた。ミノンの眼を真っ直ぐと見るのに、自分でも驚くほど時間が掛かってしまったのだ。


「決めた。ミノン、僕やっぱり帰るよ」

「・・・できることなら、引き留めたいわ」


 僕も、ミノンとだけは別れたくなかった。でも、それを口にしたら折角の決意が歪んでしまう気がして、言葉を呑んだ。


 僕は、向こうで僕を築き上げてきた。憎んできたあの場所でも、確かに僕はいたんだ。

あの世界に残る、それまでの僕を捨てきれないんだ。


ここにいる僕は、あくまでお助け人としての役割を背負った僕。一から積み上げてきたものはない。最初から、与えられた役割を背負っている。


「シヴァに乗るあの爽快感が、もう味わえないのかぁ・・・」


 僕の軽い冗談に、ミノンは悲しい眼で笑った。


「でも、マコトとはまた会える気がするの。なんとなくだけど・・・」

「うん、僕もだよ」


 ミノンは深く呼吸をして一息吐くと、真っ直ぐに前を向いて言ったのだ。


「マコト、私も決めたわ」

「・・・ミノンは、何を選んだの?」

「それは、またこの世界に来て、マコト自身の目で確かめてほしいの」


 ミノンが僕の背後にはっとして、全て悟ったような顔で微笑んだ。

その顔に、僕も悟った。遂に、迎えが来たんだ。


「ほら、行って。また扉がなくなる前に・・・またね・・・」


 僕の後ろで、扉は既に開かれていた。向こうには、懐かしくも心を揺さぶられる、あの喫茶店の風景が広がっている。


「また、絶対・・・・・・」


 青い戸を、ヒロトに続いて跨ぐ。


最後に握ったミノンの手が、ゆっくりと離れていく。


そしてとうとう、戸は閉まったのだった。


あの世界での、僕らの冒険が終わったんだ。


              ✿


 あの後、久々の通学鞄を片手に、僕らは喫茶店を出た。


ヒロトは、初めて青い戸を越した時から約一日、僕はたったの数時間しか経っていなかった。

外は暗くて、夏休みはまだ終わっていなかったのだ。


 僕の体は、一ヶ月前のあの日に戻ったかのようで、傷もなく、痛みもなく、至って健康だった。ボロボロのローファーだけは、ボロボロのままだったけど。


 あれから、喫茶店の中でしばらくアルタさんを探し回ったけれど、結局出会えなかった。カウンターの明かりだけになった暗い喫茶店を後に、二人だけで店を後にしたんだ。「Open」の看板を「Close」にひっくり返すのは忘れなかった。


 僕は次の日すぐ、学校の美術室に戻って、手の止まっていたキャンバスに、ミノンの姿を描き足した。それからシヴァも。一人ではぐれてしまった僕は、カナメには散々呆れられたけど、この時は嫌味も愚痴も、全て受け止めてあげようと思った。


 ヒロトは、一年ぶりの学生生活に少しは戸惑っていたみたいだけど、さすがと言いたくなるほどの適応能力で、また高校三年生を歩み始めた。


まだ、完全とまではいかないけれど、日常は確かに変わり始めていた。何度も、傷つきながら変えていった。

僕も、ヒロトも、自分の道を歩き始めたんだ。一人じゃなく、二人の力で。


 夏休みが明けてからも、僕は何度かあの小道に入っては、喫茶店の様子を窺った。けれど、一度として店が開いていた瞬間は無く、ずっと「Close」の看板がぶら下がったままだった。


あれから一度も、アルタさんには会えていないんだ。勿論、青い戸にも。お礼くらい、言わせてくれても良いのにと思う。


時々夢だったのではないかと自分を疑ったりもした。けれど、僕のポケットに残った異国の硬貨が、あの冒険が本物だったことを裏付けている。


 そうして月日が流れて、僕の中で、段々と喫茶店を覗きに行く習慣も、薄れていった。


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