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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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ヒロト

「ヒロトぉぉぉぉ!」


 ヒロトの呻き声に僕の声が被さって、僕はまた走り出そうとした。けれど体が動かない。そこで自分の体に巻き付く影に、僕はようやく気が付いてぎょっとした。


 ヒロトを助けなきゃならないんだ。助けて、言ってやりたいことがある。それで、一緒に帰らなきゃならない。


そうだ。僕は帰らないと。

あの世界に帰って・・・・・・帰って何を。僕は何の為に、あの世界に帰るんだ?


「もうっ!はっきりしろよ!カナメに心配掛けてんだろ!あの絵だって、まだ描き途中だろ!」


 一瞬、帰る理由を見失った自分に腹が立った。気が付かぬ間に、僕は“むこう”での僕から離れていたんだ。この世界にいるとき、向こうでどれほどの時間が経っているかなど、気にならなかった。もし、三年や五年、将又十年経っていようと、それならそれで良いやって、納得しようとしていた僕がいたんだ。どうせ、向こうでは僕が思うような僕じゃいられないからって。


「そんな弱い僕でいて堪るか!」


 自分の努力や才能を疑った時もあった。怒鳴り声に押しつぶされて、何度も手は止まったさ。けど、筆は離さなかった。あの頃の自分を見捨てるなんて、裏切るなんて、するものか。ヒロトだって見捨てたりするものか。


 僕の中の底力というものが沸いて出た。それが、さっきの影と合わさって、自分でも信じられるほどの力が宿ったのだ。


巻き付いていた影を、だ。引きちぎって僕は再び駆け出していた。


今までどんなに理不尽に殴られようと、絶対に殴り返すのだけは我慢してきた。その理不尽の元凶が目の前にいる。でも、僕はそのヒロトの為に衝動的に拳を握って、男に殴りかかっていたのだ。


 男が体勢を崩す。ヒロトがすかさず手の平に刺さった剣を抜いて立ち上がった。

ヒロトが躊躇無く剣を抜いたことにも驚いたが、それ以上に次の言葉が僕を揺さぶった。


「どうしてここにいる」とか、「ありがとう」とか、そんな言葉を期待していたというのに、開口一番、ヒロトは僕にこう言ったのだ。


「お前のせいだ!」


 まさか、愚痴を聞かされるとは思ってもみなかった。それも自分の。

 理解できぬまま突っ立っていると、ヒロトは刺された方の手で僕を連れ、その場から逃げていった。


「ヒロト怪我して――」

「こんなものどうでもいい!何ヶ月戦ってきたと思ってんだ!今更このくらい」


 あの、いつも冷静で頭の回るあのヒロトが、信じられぬほど感情に振り回されて、私情が剥き出しだ。


「そんなことより!お前を助けたせいでこっちでまで居場所を失った!」

「あの影・・・ヒロトのだったんだ。っていうか、お前のせいでって、助けたのはヒロトが勝手にやったことだろ!?」


 ここまで来て、こんなに言い争うつもりはなかったのに。飛んできた矢を、ヒロトは影で易々と躱して、自分も弓矢を構えた。


「ああ!俺が勝手にやったことだよ!」

「ならヒロトは、いったい何に苛ついてるんだよ!?」

「こっちの世界に来てまでお前に会わなきゃならない俺の運命にだ!それも、選りに選っておまえはどうしてそっち側なんだよっ。・・・さすがに、見捨てられないだろ・・・」


 僕はヒロトが腰に付けていた長剣を手渡された。影を盾に、僕と背中を合わせて矢を射るヒロトだった。


「これなに!?」

「持っとけ。お前が人を切れないのは想像が付く。けどその短剣よりかは脅しが利くはずだ!」


 専用の兵服に身を包み、刺された傷を痛がる素振りも見せない。すっかりヒロトは変ってしまったけれど、以前よりずっとやりやすい。

あまりに慣れた動きで影を扱い、矢を放つ姿に、僕は兄の背中側を警戒しつつその動きに見入っていた。


「それで、戸は開けたんだろうな」


 今更だけど、僕は僕の勝手な印象で出来上がった“あの”ヒロトを想像していたから、以外にも口が悪かった事に驚いているんだ。そもそも、まともに会話したのも数年ぶりだけど。


「・・・それが、開かなかった」

「はぁ!?開ける為に来たんだろ!?」

「でも、鍵穴が無くてどうしようもなかったんだ!鍵は挿しようがないのにドアノブも回らなきゃ、為す術が無いだろ」


 ヒロトは少し黙った後で、何か思いついたように「そうか、そういうことか」と呟いた。


「おま・・・マコトも、青い戸を潜ってきたんなら、アルタって人に会ったよな?」

「え・・・あ、うん。会った!」


 いきなり名前を呼ばれて、少し同様した。急に兄弟らしさが戻ったから。


「もうずっと前の事過ぎて忘れてたけど、そのアルタって人に言われてたのを今思い出した。俺が向こうに帰るための鍵、助けるべき人が代わりに持ってるって言われてたんだ」

「・・・もしかして、ヒロトも『人助け』に誘われて?」

「まあ、きっかけは確かそれだった。んなこと、こっちに来てから結局今さっきまでしなかったけど


 つまりは、僕が鍵を持ってるはずだと言いたいのだろうか。


「鍵を持ってるときにしか現れないんじゃないのか、あの戸は!」

「はっきりと言えないけど、僕もそんな気はしてた!でも、僕鍵なんてやっぱり・・・」


 いや、持っていないのは確かなんだ。けれど、ヒロトが帰るための鍵が誰かとの出逢いなのだとして、僕の鍵も、直接的な物ではなく誰かの行動に関わってくるのだとしたら・・・。


「ヒロト!もしかしたら!もしかしたらだけど、今なら開くかもしれない・・・」


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