戦場3
「青い戸・・・」
こんな中、傷一つなく、すっとして僕を待ち構えていた。皆、たった一枚の戸を必死に守って、僕らはそれに必死で辿り着こうとして・・・青い戸には散々振り回されて馬鹿らしく思えてくる。
けど、この戸が僕をあの世界から逃がしてくれたのは紛れもない事実だ。
「・・・・・・って、そんなこと考えてる場合じゃない」
早く、鍵を外さないとならないんだ。それで、戸を見上げてはっとしたのだ。
「・・・無い・・・?」
無い。どこにも無い。鍵穴らしき物が、一つも無いのだ。戸の表面にも、ドアノブの下にも、裏面にも。でも、誰も開けられないからこうして守りで固められている。
やっぱり、僕がドアノブを握っても、それ以上は動かなかった。ハタと使用した鍵が使えないことは想定内だったけど・・・。
そうだ、ノックを三回。それを三回、計九回ノックをするんだ。来たときに教えられたではないか。
「・・・・・・嘘だ・・・」
何も起きなかったのだ。
僕がこれ以上、ゆっくり戸について考えていられるほど、穏やかな時間はこれ以上待ってくれなかった。まだ空に残っていた変形前の赤い影、今は大軍ではないけれど、密集して砲弾のように固まったそれの威力は強力だった。
鎧を消せぬ代わりに、ファロイはその鉄球でシヴァを攻撃した。橋にも、盾にも、鉄球にもなる面倒な奴等だ。
シヴァの背中に重みが加わる。僕から、盾代わりとなってくれていたシヴァが、ごろっと剥がれ落ちる。
「・・・まずい、中にも衝撃が伝わったのか・・・」
球から影の羽虫がぶわっと散々してシヴァにたかった。僕の姿が剥き出しになる。
それを狙っていたかのように、鎧が僕に向けて腕を伸ばしてきた。今にも僕を掴みそうなほど近づくが、まだ遠い。その手は人差し指をピンと立てて、僕にピッタリと狙いを定めていた。
それが、合図だったのだ。
アギさんに言われてからどことなく心配ではあったが、まさか、この期に及んでそれが登場するとは思ってもみなかった。
追い打ちに追い打ちをなされた気分だ。これほど泣いて逃げたくなったのはいつ振りだろう。けれど、これでもまだ涙が出てこないってのは、僕がここから逃げ出す以上に優先すべき事が見えている証拠だった。
ずっと気掛かりだった。兵士の中に、やけに重装備の奴等が数人だけ混ざっていたのが。
銃を扱う兵士だったんだ。それが今、全員僕の敵となった。
・・・向けられた銃は五本。この戦場じゃたったの五本でも、ただの高校生に向ける数ではない。
飛行機もあるにはあるが流通していない。車も、原動力は影で済んでしまう。武器にしても守備にしても、影で足りてしまう。内戦も滅多に起こらず、衛兵が相手をするのは侵入者だとか密売人だとかだ。だから、僕の住んでいた向こうの世界と比べると発展しきっていない国であるのは確かだった。
それでも、あるにはある。そんな存在が、今僕に向けられた“これ”だ。
銃口と目が合って体が固まった。
シヴァの防御内に入るだの、シヴァが戻ってくるだの、考えている暇はなかった。
パンパンパンッと、立て続けに五発の銃声がなったのだ。
――完全に終わった。シヴァが赤い影を引き連れてでも僕の方へ翼を伸ばしたが、今のは彼らが引き金を引く方が早かった。
ここで諦めるようなタチじゃないけど、これはもう完全に打つ手がない。だって相手は銃なんだ。向こうに、胸張って帰れなくなりそうだ。ただでさえ、帰るのが怖いっていうのに。
・・・・・・ああでも、結局、撃たれたら帰れないのか。
「・・・・・・・・・あれ?」
発砲音が鳴ってしばらくしたはずが、今以上痛みがいつまで経っても来ない。恐る恐る、逸らしていた目を前に向けたのだ。
・・・銃弾が、すぐそこで浮いている。
「影・・・シヴァ・・・?」
銃弾を受け止めたものが、ゆっくり、段々と濃くなって正体を現していく。影だったのだ。アギさんのではない。主体が不明のそれは、なぜか僕を守りに来た。
この影が誰のかなど、気にしている間もない。シヴァの中に入れたと言え、今度は小さな羽虫が僕に寄始めている。アギさんからの短剣を使うときが来たらしい。
シヴァが歩き出した。銃を持った兵士に反撃するつもりなんだ。動き回るシヴァの中で、僕はがむしゃらに剣を振っていた。シヴァが、僕を抱えながらの激戦が始まったのだ。羽の外は、銃声が絶え間なく続いている。
シヴァが羽を上げたら、僕もそれに合わせて身を隠す位置を変える。シヴァの翼が振るわれる度、僕らの周りから人が消えていく。皆シヴァに敵わずに投げ飛ばされていくんだ。
パンパンッと鳴り続けていた発砲音も、やがて途切れた。
それに代わるように、何者かの怒鳴り声が耳に付くようになった。最初、気にするつもりはなかったのだ。ただ、途中で聞こえたある名前に反応せずにはいられなかった。
「アイザッ!今のお前だろ!」
「アイザ・・・?」
僕も思わず口ずさんでいた。あまりに懐かしくて、馴染み深い名前だったから。
まさかと思って振り返った。一瞬だけ眼に入ったのは、人が避けていなくなった空間の奥で、味方の兵士に馬乗りにされて殴られる、とある人物の姿だった。はっきりと顔が確認できなかったけれど僕は直感的に悟ったのだ。間違いない、あれは・・・あれはヒロトだ!
「・・・シヴァ・・・ごめん!僕、ちょっと行かないと・・・!」
返事は待てなかった。敵に歯向かうシヴァを盾に、僕はその場をそっと抜け出した。走っていたのだ。僕の意志に沿って巻き付いた影が足を動かしてくれたから。僕は夢中になって走っていた。それで、呑気にシヴァから離れた自分の周りに影が集まっている事に、僕は気がつけなかった。
「ヒロトッ!」
背の高い黒髪の男に馬乗りにされたヒロトが、僕の声に反応して顔を傾ける。
ああ、やっぱりヒロトだ!
僕の感動とは裏腹に、ヒロトはあからさまに嫌な視線を送ってきたけれど。
男は腕を振り上げたかと思うと、全体重を乗せたその拳でヒロトを殴りだした。そして間もなく短剣を握りだすと、ヒロトの手の平に突き刺した。




