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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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戦場2


 ダケンの攻撃が止むや否や、鎧も消えてなくなった。


 反射的に僕はシヴァの名を叫んでいた。


僕らは幾度もファロイからの攻撃を受け流した。延々と、地に散っていた矢が形を変えては空へ昇っていく。シヴァは着々と、受け止めた矢を呑んでいった。


攻撃は何度も繰り返され、影は羽虫となって空へと昇り、また矢へと姿を変えた。


「・・・ったくきりがないな」


何十本、いや何百本という矢は、今度は僕らを直接やるつもりだ。シヴァが矢先の向く方へと先回りする。だが、鎧には完全に不意を衝かれる事となったのだ。


 鎧は、空の矢を放つよりも先に自身で弓矢を構えた。狙うはシヴァだ。確か、昨日も鎧が直接矢を撃つ瞬間があった。その瞬間で、初めてシヴァの羽に穴が開けられてしまったんだ。


「避けろ!!」


 僕の声が周囲の騒音に消されるのが分かっていようと、叫ばずにはいられなかった。シヴァも気が付いて、方向転換をする。だが遅かったのだ。


 鎧の矢は、シヴァの羽先端を見事に射て貫通した。羽が膨らんだかと思えば、次の瞬間にはそこに大きな穴があった。空に黒い羽が舞う。シヴァは上空で悶えるも、耐えきれなくなって落下し始めた。


「早く逃げるんだ!」


 アギさんの声にはっとして、僕は全速力で走った。


「私なんかの影ではあの大量の矢、避けきれるか分からないよ!」


・・・そうだ。シヴァはあそこからではもう間に合わない。だが、ファロイの攻撃は容赦なく開始された。

僕らはまだ、矢の雲の範囲内にいるというのに。周りの兵士は一斉に影を構えた。そして、既に完成していた矢は、滝のようにして僕らに降り注いだのだった。


「来いっ・・・!」


 アギさんが持つ幽霊のような影が、ぶわっと布みたく広がって僕らを包み込む。


 一本、二本と瞬く間に矢は刺さっていく。走って的から外れたとはいえ、その数は半端じゃなかった。


 そんな、まさかと思った。そのまさかだったんだ。

最後の一本の矢が当たった時、アギさんの影はとうとう耐えきれなくなって、ガラスのような音を立てて割れたのだ。失速せずに辿り着いた矢は、アギさんの左上腕を打ち抜いたのだった。


「アギさん・・・!?」


 彼の穏やかだった表情は、眉をしかめ顔全体に汗を浮かべた苦痛へと一変していた。


「くそ・・・やっぱり無理だったかぁ・・・」

「アギさんこれ、貫通して・・・!」


 そんなこと、見れば分かるのに、怖じ気づいてそんな言葉しか出てこなかった。


「このくらいどうってことない。それより君は、早く青い戸に向かってくれ」


 それに従う以外で、良い案は浮かんでこなかった。アギさんだって、まだ進むつもりだ。こんな状況下で手当などできないし、効力の無い同情の言葉など彼が最も必要としていないのは目に見えていたから、僕は頷くだけで先を急いだ。


 だが、振り向いた先の光景に違和感を覚えたのだ。


 鎧が消えていない。まだ堂々とそこに突っ立っているのだ。


「鎧がいたら、次の攻撃を打てないんじゃ――」


 そうだ。初め、ファロイをここに降ろす作戦を立てたのも、その為だった。彼女と兵隊が離れれば、兵に指揮を出すのに鎧が使われる可能性がある。まあ、実際ファロイも兵隊も、最初からこの場所にいたけれど。


何が言いたいかって、鎧を出している間、ファロイは他の影の形を変えられないんだ。だから、一度矢を放って次の攻撃の準備をする間、ファロイは自身の護衛でもある鎧を消さなければならない。それが、赤い影の弱点なのだ。


その弱点に、ダケンの攻撃は有効だった。ファロイは護衛に鎧を出し続ける。即ち矢を作る事ができなくなる。


 地面に矢を転がしておくなど、最も戦力にならず無意味なはずだ。


 矢だって、一本一本正確に狙った場所に打てるわけじゃ無い。分散すればするほど、それだけたくさんの影に意識を集中させるわけだから、ファロイだってかなりの神経を削らねばならない。

だから、矢はある一点を目掛けてしか放たれてこなかった。矢の出発点が異なろうと、目指す先は一緒なんだ。誰に当たるか分からない過密状態でなど、況してや確実に味方にも当たる地面からの攻撃など、絶対に有り得ないと思っていた。それなのに・・・。


 地面に落ちた矢が一斉に立ち直った。もう、防ぎようが無かったのだ。肩に強い衝撃が走る。アギさんが僕を押したのだ。それで、僕は矢の的から一時的に外れた。けれど、僕と入れ替わりとなったアギさんは違ったんだ。


体勢を崩して倒れる瞬間、一本目の矢がアギさんの肩に、そして二本目の矢が彼の脇腹へと刺さるのが見えた。


四方八方で一斉に叫び声が響いた。ファロイの味方も、僕らの味方も、皆やられたんだ。

誰にとっても予測不可能な出来事だったのだ。


三本目の矢がアギさんの左胸に触れる寸前、ようやく彼は影を広げたのだった。


そして、僕の左腿にも、叫び声を上げるほどの衝撃が加わったのだ。


「うっ・・・あぁぁぁっ・・・・・・!!」


 自分の足を見て絶句した。僕の足にも矢が刺さっていたんだ。知らない。この痛さは知ったもんじゃない。

行かないと、行かないといけないのに!僕は立ち上がることもできなかった。


どんどんと呼吸が荒くなっていく。息が詰まりに詰まって、吐き出す代わりにもう一度声が出た。


 視界が黒く染まる。・・・違う、影に落ちたのか。


見上げた先、痛みのあまり眩んだ視界には、羽を傷つけたシヴァの姿があった。僕とアギさんを周囲から守っている。


「・・・・・・シヴァ・・・悪い。やらかした・・・」


 絞り出した声は、ほぼ吐息だ。

そんな僕の患部を包むように、薄い影が巻き付いたのだった。


「君の足代わりに使って・・・くれ。無理矢理にでも・・・前に進ませる」


 アギさんの影だったのだ。包帯のように、僕の足に巻きついて、上手いこと矢を抜いてくれていた。患部を圧迫して、止血までしてくれていたのだ。痛いことに変わりは無かったけど。


「何言って・・・!僕の怪我より、あなたのそれを優先すべきです・・・」


 痛々しいなんてものじゃない。死の色が広がりかけている。患部から溢れてくる血に、触れていいのかさえ分からなかった。

何も分からなかったんだ。ただ、僕がここを離れて、その間にアギさんが死んでしまったら!その心配が消えるはずがない。


けれど、アギさんから出たのは僕にとって厳しい言葉だった。


「私に影の保護を付けたとて、結局この怪我じゃ動けないので。だったらあなたが動けた方が何倍もマシだ」

「そうじゃなくて!次の攻撃が来たときにアギさん――」


 そこまで言うと、彼は「いいから!」と僕を突き放した。


「子供に心配されるほど、経験浅くないんだ」

「・・・・・・わかりました」


 どっちが皆にとって正しい判断かは見えていた。ずっと自分が情けなかったけれど、ここにきてまで判断を誤る僕ではない。


 小学校の徒競走を思い出す距離。数十メートル先に、青い戸が見えている。ダケンの兵士達が戦いを繰り広げてくれたお陰で、青い戸の守備は弱くなっている。更に、ダケンの黄色い影が姿を変えて再び鎧を攻撃し始めた。


 僕らの敵はファロイ側に付く兵士に限られる。進むなら、今がチャンスなんだ。歩く度、足には悲鳴を上げたくなるほどの激痛が走るが、アギさんの影が足を押し上げているのか支えているのか、自然と次の一歩が出る。


 敵の矢が僕らに集中していくのが分かる。けど、シヴァには無意味だと分かると、今度は大量の影を寄越してきた。羽の隙間から見えた影は絡み合い、波のように押し寄せてきている。


シヴァが有り得ないほどの金切り声で、鳴いたのだ。その場にいた全員が耳を塞いだのは間違いない。そして寄ってきた影を蹴散らした。

羽が傷つけられてか、その先の者を傷つけられそうになったからか、こんなに苛立っている姿を見るのは初めてだ。


 足元に、ターコイズブルーが映る。

銀の装飾。ドアノブにぶら下がった奇妙な生き物。・・・・・・本物だ。


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