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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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戦場


 目を開けたとき、僕の周りに人がいなかった。着地に失敗したのかと自分の目を疑った。けど違った。いたはずの兵士を、シヴァが着地の衝撃で吹き飛ばしてしまったんだ。


 遠く離れたところでは、影と影が揉み合わさって混沌とした戦場が出来上がっていく。


兵士の壁で目指すべき青い戸は見えないけれど、あの赤い鎧なら、堂々と姿を見せている。あの大きさでも、影の大群が出ているからまだ完全体じゃないんだ。分散している全ての影が集まったら、シヴァ以上の相当な大きさになるだろう。


 頭上は地割れに橋を架けるように赤く小さな影で埋め尽くされている。羽虫が群がっているようで、気持ち悪い光景だ。


 すると、それまではっきりと見えていた鎧が、風船が割れるようにパッと消えたのだった


「シヴァ!!」


 僕の上に覆い被さっていたシヴァが、俊足で飛び出した。鎧が消えたということは・・・・・・ほら、空に浮かぶ赤い羽虫たちが姿を変え始める。小さな虫のようだったのが、昨日僕に打たれた矢に変わり始めたのだ。


狙いはシヴァではない。シヴァに呑まれた分、赤い影は自分の影を失うのだから。


 そうして小さくなった分、影は前回より確実に弱くなっている・・・はずなんだ。ミノンが見た記憶だと。

けれどそれはシヴァも同じで、衝撃で破損した部分は戻ってこない。シヴァを再出させれば形は戻るけれど、見かけ上穴が無くなっただけで、力は減っている。


それに、シヴァは今回、訳あって消える事ができない。穴が開けばそれきりなのだ。


つまり、両者ともに影の無駄な損失は避けたいというわけだ。


 矢が作られてから、地上へと飛んでくるまでは束の間だった。その束の間に、鎧はまた再出する。矢は僕の背後に打ち込まれていた。アギさん達がいる方だ。


シヴァが翼を広げて、全身でそれらを受け止めた。シヴァの羽が、胸が、頭が、赤く染まる。でも、勿論、矢はそれだけじゃ無い。シヴァが受け止めきれなかった分の大量の矢が、ダケンの隊に降り注ぐ。周囲で争っていた影が一斉に消えていく。皆が、その影で矢を防いでくれている事を僕は祈った。


 シヴァが矢を取り込んでものにする。


もう既に、ファロイの隊の前線は、ダケンの隊と交戦しているにもかかわらずあの集中攻撃だ。味方であろうと、攻撃の間合いを掴めていなければあの矢を避けるのは難しいはずなのに・・・容赦ない。


 全ての矢が放たれたのを確認して、僕はまた走り出した。幾人かの敵兵がそれに気付いて矢を構える。


皆、シヴァに丸ごと影を呑まれるのが怖くて、影を僕に近づけてこない。でも、ただの矢ならそれも気にする必要無いってことだ。足元すれすれを矢が通り過ぎた。次の矢は僕の鼻先を掠るか否かのところを通過した。


怖くない訳がない。走りながら何度も深く息を吸って、心を落ち着かせたさ。早く、この戦場に慣れなければならないのだから。


ここを走り抜けなきゃ、ミノンの覚悟を無下にするのと同じだ。


 けれど、次から次へと放たれる矢に、今度こそは運良く避けきれないと思った。串刺しにされる直前、シヴァがようやく僕の所へと戻って来たのだ。


「シヴァ、遅いよ!危うく胃に穴が開くところだった!」


 シヴァは相変わらずのうなり声で返事をした。僕に向けられた攻撃を全て受けるけど、普通の矢は吸収できぬシヴァだ。ファロイから次の攻撃が来る頃には、何本もの棘が刺さったままだった。


「また鎧が消えた・・・」


 再び矢の雨が降り注ぐ時が来る。シヴァが僕を置いて飛んでいく。それを狙っていたと言わんばかりに、生身となった僕へと無数の影が寄り集まった。一瞬にして、視界は黒く染まったのだ。


それまでの影に対する記憶が走馬灯のように蘇る。

最初に見た商人の影、その後現れた衛兵の影、行く先々の街で出会った影、僕を脅してきた影。動く以上の力は無いが、その全てに個性があった。この影達もまた、まったく新しい仕様で僕に襲いかかってくる。何も見えないということは、影と密着しているはずなのに、さっきから全身に物凄い衝撃が走って止まないんだ。


「君、影になれてないね」


 正面からそんな声が聞こえたかと思うと、いきなり目の前が明るくなった。誰かが、僕に張り付いていた影を力尽くに引き剥がしたのだ。息苦しさから解放されて、肺が勢いよく膨れ上がった。


「・・・厄介だな」


 現れた顔に見覚えの無い男は、そう呟いて手に持った何かを投げ飛ばした。


――手榴弾だ!それも、黄色く染まった・・・。


 すぐそこで手榴弾が爆発すると、僕を襲った影達は一斉に消えていった。黄色い影を操る男。彼はもしかして――


「――もしかして、ダケンさん?」


 白に近い金髪の男は「ああ」と答える。


「抵抗しないと思ったら道理で。君、影を動かせないのか!」


 言葉のわりに、顔はまったく驚いていない。潔い声だ。


「やられてばかりだからな、少々反撃といこう」


 僕らの頭上に、どこからともなく一体の小型戦闘機が飛び出した。エンジン音を響かせたそれから、何かが落とされる。落とされたそれは、ドカンと凄まじい音を立てて爆発したのだ。戦闘機は鎧の方へと飛んで行ってしまった。


「便利だろう!赤い影にも、分散できる数には限度がある。だから、多量の銃弾を必要とする銃は扱われない。だが私の影は別だ。一度に出せるのは一つの武器に限るが、今までの戦争で使われてきた戦機なら何にでもなれる」


 続けて彼は言った。


「行くなら今のうちだぞ。攻撃を続ける限り、ファロイも鎧を出し続けるからな」

「ありがとうございます!」

「私は彼らの援助に回ってくる。君の補助はアギに任せよう」

「――承知しました」


 背後からの思いがけぬ声に慌てて振り返ると、そこにはあの琥珀色をした髪のアギさんがいて、指令は全て把握済みだとでも言うように、僕の手を引いていった。


 いつの間にいたのか。あの人と完全に連携が取れているんだ。呼ぶよりも先に、そこにいたくらいなのだから。


「まさかあの鳥、降ってくる矢を全て受け止めるつもりで?」


 空から地、空から地、と宙を転げ回るシヴァを、彼は怪訝な顔で追っていく。


「シヴァが隣にいないと、僕の身が危ないってのはわかってます。・・・それでも」


既に作戦を理解しているアギさんは「なるほど」と頷く。


「・・・そう言えばあの少女は」

「今はまだ良いんです。ミノンをここで戦わせる訳にはいかないから」


 前方から、竜巻のように影が飛び出してくる。アギさんは目にも留まらぬ速さで剣を抜き、それを払ったのだ。だが、ぱっくりと割れた影の奥から現れたのは人間だった。


「下がって!」


 アギさんに力強く肩を押される。すぐ後で、剣と剣が激しくぶつかり合う音が響いた。

それだけじゃない。意識を広げればたくさんの刃物が触れあう音に、大勢の呻吟(しんぎん)が伝わってくるのだ。


誰かの苦痛が耳に届くのが嫌で、僕は目の前の戦いに意識を戻した。


「ああ、厄介だなぁ!」


 アギさんのがなり声に交えて、敵のうめき声が響く。次に彼を見たとき、そこに敵の姿は無かった。代わりに、地面に這いつくばって血を流す人影が薄らと視界に入る。


アギさんがあっという間に倒してしまったのもある。けれど、それ以上に、僕が目の前の争いを直視できなかったんだ。


勝敗がつくまで、だ。


「・・・しっかりしろよ、自分でここに飛び込んだんだろ・・・」


 アギさんには聞こえないように、自分に言い聞かせた。


「マコト。これ、持っておおき。丸腰じゃこの先進めないだろう」


一戦を終えたアギさんは顔色一つ変えずに、僕にあるものを渡した。短剣だ。

流れでお礼を言ってしまったが、できればこれを人に向けて使う機会は来ないでほしい。来たところできっと使えない。慣れないものをむやみに使っても、返って僕が後悔をするだけだろうから。


「まずい・・・」


 ダケンさんが飛ばした黄色い戦闘機が、ゆっくりと消え始めたのだ。


「きっと弾切れだ。あの方は実際に使用された武器をそのまま出現させる。弾の数に、乗組員まで、忠実に再現して。だが、役目を終えた影は一度消えてしまう・・・」


 戦闘機は跡形も無く消えてしまった。それに続いて、鎧も消えてなくなった。


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