開戦
「やあ少年、聞こえるか」
「え・・・あ、はい!」
敵意の無いその声に、慌てて返事をした。
よく見れば、兵服も昨日見た兵とはまったく異なる。
「先に言っておくが、我々はファロイの兵隊ではない。ダケン様の同志だ」
「ダケン・・・もしかして、大砲とか爆弾とか飛ばして来た黄色い影の――」
「――その節は済まなかったと申しておられる」
あれが、シヴァがファロイのほとへ不時着せざるを得なかったとどめの一撃だ。
だが、敵意がないならそれ以上は問わない。
「・・・それで、あなたは・・・」
「アギと申す。君は」
「マコトです」
「そうか、マコト。君らが戻ってくるのをずっと待っていたんだ。我々は、ラピュアスと契約を結びたいわけではない。王政側にそれが渡るのを阻止したいのだ。だが君らという敵が増えてしまっては、その望みも薄れてしまう。それならいっその事、君らと手を結びたいと思っている。向こうよりずっと数は少ない上、下へと降りてこられた者だけしか集まっていない・・・・・・どうだね?」
ああ、もちろん答えは「はい」だ。これも、想定よりずっと早いが、いずれ黄色い影の援助が入るだろうって事は、ミノンが共有した記憶から計算済みだった。
「お願いします!」
「話が早くて助かるよ。ファロイの隊は、既に青い戸を見つけてそこで待機している。我々がそこまで案内しよう。君ら――いや、『鍵』と言った方が相応しいかな。待ち構えているさ」
「ファロイ本人も、そこにいるんですか!?」
アギさんが頷く。
まずいな。ファロイと兵隊を引き離しておきたかったというのに。でも、ファロイが元から地割れの下にいようと、僕がやることは変わらない。大事なのは、ファロイが赤い鎧を出している瞬間を見極めることだ。
それに青い戸。ミノンが得た情報は正しかった。
――「でも、ラピュアスだって生身でころっと落ちてるわけじゃないわ。例の、あの青い戸の中にあるの。もしその戸を開ければ、ラピュアスを得られるだけじゃなく、あなたは同時に元の世界に戻れるかもしれない」
昨晩、ミノンが語ったラピュアスの在処だ。
だが、それはどうだろうか。どうも、青い戸は一つじゃないらしい。カナトコでも青い戸に出会えたけど、その戸は鍵が掛かっていた。僕が来たときと、違う扉だったんだ。
「それが、この鍵」
そう言って鍵を見せたら、ミノンは分かりやすく目を点にしていたな。
どっちの扉が来るか分からない。もしかしたら、まったく別の、新しい鍵を必要とする戸が来るかもしれない。
昨日の夜、僕は散々考えていた。彼らが僕を狙った理由は何だったのかって。
ミノンの記憶が共有されたなら、青い戸の存在が知られていないなんてそんな都合の良い話、あるとは思えなかった。存在分かっていれば、ミノンをわざわざ襲う必要は無い。
狙っているのが僕の鍵だった可能性は?・・・有り得ない。だって、彼女から記憶が共有されたなら、僕が鍵を使ったなんて情報・・・。
そこでようやく、僕は気が付いたのだ。パライレの記憶が、僕が鍵を手にする存在であると皆に知らせてしまったのだと。思い返せば、あの時,ファロイは僕にラピュアスの在処を聞いたのではなく、鍵の在処を聞いたのだろう。
「少年、圧倒的に敵軍が有利だが、どう乗り込むつもりだい」
「・・・赤い影の弱点を、利用しようかと・・・」
僕の様子に、男は「ふっふっふ」と静かに笑う。
「もう少し自信を持ってくれないか。こっちまで不安になってくる。・・・・・・それで、作戦は?」
僕が説明すると、男はもう一度静かに笑って「なるほどね」と言った。
「失敗したら、後が無いじゃないか」
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ダケン率いる兵達が、一斉に影を降りた。前方に赤い集団が見えたからだ。影と人間が入り混じって、僕らに立ちはだかっている。
「あれが、ただの偽装であって実際扉が全然違う場所にあるって可能性は、ありますか?」
「いや、あそこにあると信じて問題ないだろう。ダケン様が、実際に見て確かめて来て下さった。奴等が偽物の戸を用意していたとも考え難い」
「そうですか・・・」
この地形じゃ上から攻めるのにも限界がある。隠れることもできない。
「真っ向勝負で来いってことか・・・」
「このまま行くかい」
地に足を付けてから、一向に落ち着かなくて指先が震えている。咳払いをして、ようやく僕は返事をした。
「・・・はい。どのみち、シヴァをあの隊と接触させたかったのに変わりはないので」
言い終えるや否や、男は片腕を振り上げた。そして、手の平を頭上で正面に向けて、再び腕を降ろしたのだった。すると僕の背後から、黒い影が一斉に飛び出した。狂犬の群れの様に牙や詰めを向きだして、ファロイの軍に突っ走っていく。そのすぐ後で、アギさん率いる群衆が剣を抜いて、影を追いかけていった。あの影を盾に立ち向かうつもりなのだ。
あれもこれも、なにもかも、発足はたった一つのラピュアスだというのに。
「シヴァ、僕らも行こう」
シヴァは無言のままだった。
「鎧が消えるよりも先に、ファロイに辿り着けると思う?」
今度は自信ありげに頷くのだった。シヴァとは、言い相棒になれた気がする。
「じゃあ、それはシヴァのタイミングで任せたよ。僕も、それまで耐えるから・・・!」
言い終えた矢先、シヴァはその鉤爪で僕を掴み込んで放り投げた。僕はシヴァの背に着地し、翼の風に煽られて上昇していく。
ちょっとだけ・・・いや、正直かなり怖い。シヴァのことは信用しているけど、今まで以上の速さであの群衆に突っ込むというから。落下点に辿り着いて、僕は下に広がる光景に悶絶した。
ファロイの兵は扇状に広がっている。想定していた以上の兵士の数だ。地上でもかなりの兵士がいたが、その半数以上が地割れの中まで降りてきたというのか。これも赤い影の力だろうか。
弧の回転軸となるあの場所に、きっと青い戸があるのだろう。そしてその奥に見える、やけに大きな赤い人影、あれが鎧だ。肝心のファロイはどこにいる。
「大丈夫、大丈夫だ・・・」
自分にそう、言い聞かせていた。ジェットコースターにでも乗っていると思えば良いんだ。安全装置はついてないけど。
「・・・できれば、青い戸の間近に降りたいけど、僕には影がいないからさ、いざって時の為に軍の前方に降ろしてよ」
ちょうど、アギさん達の援助が貰える場所にいたいんだ。
最初から戸を目指さない訳は、他にもある。
シヴァが翼を畳む。シヴァの羽をこれでもかと握った。体が傾き、僕は弾丸ミサイルみたく、赤い軍へと突入していった。




