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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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最後の夜

 

 ミノンは久々に母の元を訪れたことを話してくれた。


 ミノンの母は現在、外部から閉ざされた内密的な土地で持病の治療を行なっていた。

表向きでは、ミノンとの関わりが完全に無いものとされている。そこにミノンが立ち入るということは、母に対してかなりのリスクを負わせることに等しい。けど、今回はシヴァの意志で立ち寄ったという。


「お父さん、あなたが会った手紙の差出人には、『世界の成り立ち』を隠していたみたいだけど、母の方には『ラピュアスの契約に関する秘密』を隠していたわ。でも、全部は教えてもらってないの。私がこの事態を乗り越えてまた母を訪れる事、そして母がそれまで生き続ける事を条件に、今必要な分だけを教えてもらった」

「それじゃあ、お母さんと話せたんだね」

「ええ・・・もう数年会っていないのに、そんな事務的な話しかできなかった。もっと、話したいことなら他にあったのに」

「・・・・・・わかるよ、その気持ち」


 それについてはお互い、微笑むだけだった。少ししてミノンは「でも」と切り替えるように声を張ったのだった。


「落ち込んでいられないわ。急がないと、まずいのよ。あの時、影が一つになって、私たち影主の記憶も一つになった。私たちの記憶のいくつかが、他の影主と共有されてしまったわ」

「それじゃあ、ラピュアスの在処があのファロイって兵士にも・・・」

「そう。・・・でも、私だってそんなに明確な位置を把握してたわけじゃない。それに、私にも彼らの記憶が備わったから、少しだけ、赤い影の弱点が見えたの」

「・・・弱点?」


 ミノンが自慢げに頷く。そして、僕に耳打ちをしたのだった。


「・・・・・・なるほどね」


 どうにかその弱点を利用すれば、僕とミノンの二人、それからシヴァだけでもどうにかラピュアスに辿り着けるかもしれない。

でも、その間ヒロトにどう接触するか・・・。


「でも、反対に私の弱点も彼らに知られてる。さっきの、シヴァが攻撃を出せば私の寿命が削られていく以上、彼らはあの攻撃に怯える必要がなくなるもの」


 それを、どうにか利用できないか、僕は無意識に頭を抱えていた。


「あっ、ミノン。君のお母さん、居場所とか関係が知られたらまずいんじゃないの?」

「まずいわ」


 きっぱりとそう答えるわりに、ミノンは落ち着いていた。


「でも、今は・・・少なくとも明日限りは、まだ大丈夫。赤い影も、黄色い影もラピュアスを探してあの地から離れていないだろうから・・・」


 短い沈黙の後で、ミノンはいきなり弱々しい声になって言った。


「マコト・・・私、どうしよう・・・」

「どうって――」


 振り向いた先のミノンの表情が、さっきよりずっと苦しそうで、僕は思わず口を噤んだ。


「私、影なんかなくなればいいのに、と思っていた。シヴァを除いて。でも、いざそうなった時に、あまりにも背負う責務が大きすぎて私一人じゃ・・・抱えきれない――」


 ミノンは、選択に迫られていた。


このままラピュアスとの契約が解かれ続ければ、八の街が幻能を失い続ける。今も、幻能という魔法が解け、凍った土地で人々は命の危機に迫られている。


でも、ラピュアスは、元と言えばこの星の回転エネルギーから作られたものだ。もし、残り四つのラピュアスの契約も解けたらなら、またこの星の在り方を以前のように戻せるかもしれない。


「でも、私が契約を結べば、幻能が人々のところに戻る。街が凍って、寒さに耐えられずに死んだ人もきっといるわ」


 そんな世界をこれからも続けるなんて、それこそミノンには責任が大きすぎるんだ。


 影が無くなって、ラピュアスの力も解放されて、また世界が回り出すのが、一番の平和に思えるかもしれない。ミノンも僕も、「影無し」と呼ばれる人々も、影で苦しむ人は皆、影がない方が良いと思うだろう。けど、その世界を取り戻すまでに犠牲となるものは、僕らでは計り知れない。


「もし、本当に残り四つのラピュアスを回収できるのだとしても、きっとそれまで私はもたない」


 僕も、ミノンがシヴァを出現させるごとに気絶してきたところを見てきた。挙げ句にこの前は、鼻血まで垂らしていたんだ。遠慮してとも、「まだ大丈夫」とは言えなかった。


 いつだって、幻能を持つ者――幻能者が力を発揮できるのは、自身からではなく、影からだった。ラピュアスとの契約もまた、影主ではなく、影が結ぶものなのだ。故に、その力を得るための代償は、影が望むものが支払われてきた。


 幻能者の始祖が初めて契約を結んだ時、影は主の幻能を代償に契約を結び、自身は新たなる主へと宿った。幻能が失われた幻能者は、生きる力を失ったに値する。即ち契約の先にあるのは死だ。


「――でも、今回はシヴァがそれを望んでいない」


ああ、それでミノンはあの時、シヴァ自身が代償になろうとしていると言ったんだ・・・。


 今。ミノンの涙の意味がようやくわかった。


契約を結ばずに、世界がまた回り始める事を誰かに託した上で、シヴァと共に死んでいく未来。

契約を結び、影を人々に戻した後で、シヴァだけが消えていく未来。


 どちらかを選ばざるを得ないのだ。


僕の中で、望むべき未来は決まっていた。それにはハタとの約束も勿論関わっているけど、それ以上に・・・・・・。


「僕は・・・ミノンに契約を結んでほしいと思ってるよ」


ミノンは僕の率直な意見に一瞬目を丸くした。


「私がシヴァだけを先に逝かせるわけないのは、あなたも分かっているでしょう・・・?」

「うん。でも、それと同時に、例え関わりのない人でも、一人として君は見捨てられないことも、僕は知ってる」


 そんなこと、ミノンは言われたくなかっただろうさ。僕はまた、ミノンを困らせてしまった。彼女は適切な言葉を探していたのだろうけど、とうとう諦めたようで、投げ出すように嘆いたのだった。


「私、世界を丸ごと変えようだなんて思ってなかったわ!私・・・私自分を変えたかっただけなの。ただ、これ以上世界から逃げ続けていたくないの!後どれだけ命が短くたっていいわ。私が私として、胸張って居場所を作れたならそれでいい」

「僕は・・・!」


 ミノンの勢いに押されて、気付けば僕も声を出していた。


「ミノンのその強さが、僕はずっと羨ましいよ。僕なんて、抗いもせずに、足掻いたつもりで環境に身を任せてた。だからこそいやなんだ。ミノンの望みを知っていようとも、君の命が着々と削られていく瞬間を見るのは、嫌なんだ・・・」


 これが、僕の勝手な意見だってことも、ミノンにそれを押しつけることで彼女の負担になるのも分かっている。けど――


「――ミノン、いい加減気付いてよ」

「・・・・・・さすがに気付いてるわよ。・・・自分の体だもの」


 さっきからずっと、震えの収まらない手脚を、ミノンはぎゅっと握り込んで、悔しそうに笑う。そして鼻から赤い線を引く、流れて止まらない血を、勇ましく拭い取った。


 シヴァも、いつの間にか僕の大事な仲間だった。けれど、シヴァが望むように契約が結ばれて、先にシヴァだけが消えたなら、ミノンの命が助かる可能性が見えてくると、僕は思ってしまったんだ。


「私、ずっと自分は弱いんだと思ってた。弱いから、いつまで経っても逃げ続けるしかできないんだって、思ってた。だから、ありがとう・・・」


 それが、僕がこの世界で過ごした最後の夜にした、ミノンとの会話だった。

それから僕らは、贅沢な食事をたらふく腹に詰め込んで、温かい湯で体を癒した後で、明日の作戦を話し合った。


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