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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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デクシー


――動き出すなら今だ。


大丈夫だ。今の僕なら一歩踏み出す力がある。体は打撲と捻挫でこんなんだけど・・・。ここで動き出す勇気と覚悟なら持っている。


前よりずっと、自分の意志がはっきりしているんだ。自分の中の芯が、不思議と今は見えている。


 けど、ミノンがまだ目を覚ましていないんだ。

ミノンが目を覚まさなければ、一度消えたシヴァが再出することは――


「――あ・・・」


 声を出して慌てて口を噤んだ。


寝たきりでこっちを向くミノンの瞼が、パッチリと開いたのだ。ずっと息はしていただろうが、たった今息を吹き返したかのように、ミノンは激しく胸を上下させた。地面から一瞬、真っ黒の影がポチャリと跳ね上がる。


 ミノンは爆発音に一瞬ビクリと体を震わせ、僕と目を合わせた。それから、この混沌とした状況を理解したように、僕に向かって頷いたのだった。


 僕の足首に、何かがそっと触れる。不覚にもまた声を上げそうになったが、どうにか耐えた。この影の濃さ、シヴァで間違いない。いつの間にか、ミノンの元を離れてこっちまで来たんだ。


一歩、また一歩、心許ない足で彼女へと近づいていく。兵達が、何度目かの影を放った時だった。

 僕の足裏を、シヴァが思い切り押し上げたのだ。迷いは無かった。「いまだ!」と言われた気がしたのだ。


僕は、ミノン目掛けて駆け出していた。足は信じられぬほど痛かったけど、死ぬわけじゃないんだから。


 地面を這うシヴァの影が、一層速さを増して僕の足元を辿る。


「構えろ!」


 異変に気付いたファロイが衛兵に指示を出した。加えて、自分の槍を投げ出したのだ。影でない、本物の刃が着いた槍を、だ。


だが、その槍が僕に辿り着く事はなかった。


地面から現れたシヴァが、槍を振り払った。


 そのままシヴァは僕を通り過ぎ、一直線にミノンの元へと羽ばたいていった。


 シヴァの驚異的な大きさに、兵隊は道を開けるように後退したのだ。だが、それで済む話では勿論なかった。圧倒的な数の兵は、すかさずミノンへと矢を向けた。影には影で対抗しなければ意味がない。矢の向く先はミノンである。


 低空飛行するシヴァが真横を通り過ぎる時、ミノンは待ち構えていたかのように、勢いよく寝返りを打った。全てをシヴァに託す、強い信頼が見えた。シヴァの上を滑らかに転がって、彼女はシヴァの背に跨がった。


 誰もいなくなった地面に、大量の矢が集中して突き刺さった。ミノンが起き上がるのがあと一歩遅ければ、彼女は確実に死んでいた。


ミノンは指名手配者で、僕らは王の命令に背いた反逆者だ。もう、手を出しちゃいけない理由が無くなったのだ。


「マコト!・・・早く!」


 シヴァの背からミノンが手を伸ばす。


分かっているさ。けど、ミノンを乗せたまま低空飛行するシヴァに追いつくのは、怪我をした足じゃ無理だ。


 シヴァが兵隊の中へと突入する。その翼に人々はなぎ倒されていく。それで出来た細い道中に僕も突っ込んでいく。


 背後ではファロイの鎧と、こちらに辿り着いた黄色い影が衝突を始めた。


地面が激しく揺れる。転びそうになって、慌てて僕は手をついた。


後少し、後少しでシヴァに追いつくんだ。それまで、この溢れかえる兵隊の攻撃に耐えなければならない。


 僕らが行く先に、とある部隊が立ちはだかった。シヴァが接近しているというのに微動だにしない。このまま突っ込んでも、影と体で受け止めるつもりなんだ。


 走っている途中で、僕はふと気が付いた。前に立ちはだかった兵隊だけ、それまで見てきた兵と服装が違うのだ。それだけじゃない。皆、黒髪なんだ。すっかり意識し忘れていたけど、本来なら髪が黒いものは、こんな、王に仕える様な仕事に就ける立ち位置ではないはずだ。僕だって。


「・・・エリクシー・・・デキシー・・・違う、デクシーか!」


 ハタが話していたのを思い出した。


 影を後付けした者で実験的に組織された隊で、実力も影の扱いも優秀な者が集まっているとか、何とか言っていたやつ。そして、ハタもそこに所属する話が来ていたってやつだ。


 早く、早く早く――!

あの隊と衝突する前にシヴァの背に乗らないと!


 ミノンが尾羽の先端まで来て、シヴァにしっかりと足を絡めた。それから、前のめりに大きく体を出したのだ。


「マコト!今よ!」


 ミノンが、伸ばした僕の腕を力強く掴んだ。そして僕の片手を、両腕で持ち上げる。

僕の足が地面から離れていく。シヴァが上昇し始めたのだ。


 デクシーの者達が矢を構える。

そして、上空するシヴァへと一斉に放ったのだった。


 耳元でシュッと矢が通り過ぎていく。

足すれすれを通過する矢を蹴って、僕はシヴァの尾羽に跨がった。


――その時だった。


シヴァに飛び乗るその一瞬、僕の足の間に見覚えのある顔が映ったのだ。


絶対に忘れる事のない顔。毎日見てきた顔。遠くからでも、後ろ姿でも誰だか分かる。

でも、そんなはずない。ここにいるはずがないんだ。


「・・・ヒロト・・・」


 僕の呟きに、そいつは真っ先に反応して振り返ったのだ。そのすぐ後で他の兵達が振り返って、再び弓矢を構える。


 僕はそれで確信した。


「ヒロトぉぉぉぉ!」


 今度はありったけの声で叫んだ。


さっきまで僕はシヴァに隠れていたから、ヒロトにも見えていなかったんだ。まさか、国が追っている人物が僕だなんて思いもしなかっただろう。ヒロトは分かりやすく目を丸くして、困惑したように眉をしかめた。


 なんで、どうしてお前がいるんだよ。その疑問が、お互いの間で衝突した。


「お前も来い!僕と来てくれ!」


 だがヒロトは微動だにしなかった。迷う素振りも一切見せなかった。ヒロトの中で、答えは既に決まっていたのだ。


「・・・・・・やだね」

 声は出さずに、ヒロトは僕にそう告げたのだ。

そして何事もなかったかのように、何食わぬ顔で弓矢を構え直した。


「打て!」


 合図が出され、一斉に矢を持つ手が開かれた。


まさか、ヒロトはそんなことしない。僕と分かったら絶対に打ってこない!

だが、そんな僕の期待を裏切ってヒロトは当たり前に矢を放ったのだった。


「・・・ヒロ――」

「――マコト!伏せて!」


 ミノンに襟を引っ張られ、僕は仰向けに倒れた。目先を矢が一瞬にして通り過ぎる。


 次に体を起こしたとき、見下ろした地面は遠く離れていた。

 その時僕らは、赤い影が率いる兵隊の、あまりに大きな規模を目の当たりにして言葉を失っていた。


「・・・ヒロト・・・ヒロトーー!!」

 力任せに叫んだ僕の声に、誰も答えてはくれなかった。


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