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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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終始の日


「・・・自分が代償になるつもりなのよ」


 僕が訊き返した時、ミノンの頬は既に涙でぐしょ濡れだった。


「私、ラピュアスが私の血、一滴で簡単に契約を結べるような代物のはずが無いって、ずっと不思議だったわ。でも、そう・・・マコトが言うように契約が解けたのだとしたら、合点がいく。契約を結ぶにはね、必ず代償が伴うの」

「その代償に、シヴァは自分を使おうとして・・・待って、その前に、契約の結び方が分かったの?ラピュアスは消えちゃったのに」


 ミノンが深く頷いた。


「私だって、逃げた後にただ空を飛んでいただけじゃないのよ」


 そう、疲れ果てた笑顔で彼女が言ったときだった。


背後で、存在を忘れかけていたパライレが、大声で鳴いたのだ。それはまさに鯨の鳴き声で、僕らは揃って耳を塞いでいた。だが、実際に異変が起きていたのは、崖を越した先にある、遠く離れた土地だった。


「ミノン、だめだ!ここから早く離れよう!」


 僕がミノンの手を引いたのは、地平線に何かの大群がちらついて見えたからだ。小さな虫のような影が集まって出来た赤い大群。それが、あの時にも見た赤く、鎧の形をした影が作り出したものだということはすぐに気が付いた。


「分かってるわ、マコト!でもだめなの!」


 ミノンがここを離れることを強く拒んだのだ。


「有色影――シヴァそのものに結ばれた契約があるの。私には正体不明のその契約が、シヴァをここに留めてる」


 ミノンの足元から、シヴァが勢いよく湧き上がる。最後に見たときより、確実に大きいのだ。


「私が今までここを訪れていたのも、終始の日に五体の有色影がここを目指すのも、何か意味があるのよ。影たちしか分からない契約と、ここでラピュアスを作った者達だけが知る真実が、今も私たちを動かしてる」


 その必死な眼が、僕を引きつけて離さないんだ。僕はただ、頷くことしかできなかった。

それなら僕は、守り切る。いつの日か、僕がそうしてほしかったように。


「それにね、契約が解かれたなら、ラピュアスがこの地に戻って来てるかもしれないのよ」

「戻ってくる?この地・・・この地のどこに?」


 ミノンが口を開く。けれどそれを言うより先に、彼女の膝から力が抜けた。ぐったりと倒れたミノンは、僕の腕の中で完全に意識を無くしていたのだ。


「ミノン!?・・・ミノ・・・」


 ミノンの鼻から、ツーッと血が垂れていく。

この時、焦りに焦って僕は、敵もいない所で守備体制に入っていた。目に見えぬほどの速さで攻撃が仕向けられたのかと思ったのだ。

けど違う。これは単に、ミノンの寿命が近づいてきている証拠なんだ。


「ミノン・・・。肝心なところだろ・・・」


 朝日が昇り始めた。多分ここで見えている空も、幻能で固められた偽りの空だけど。


とりあえず、ミノンを抱えて逃げるのが最優先だ。ラピュアスも重要だけど、ミノン自身が駄目になったらその先がない。


 朝日に伴い、地割れの向こうでは何か、確実に異変が起き始めていた。


 赤い影の群れは、いまだ空に広がり続けている。段々とこちらに近づいてきているのか、その姿がはっきりとしだした。


「・・・上ってる・・・」


 赤い鎧だ。シヴァに槍を刺したあの赤い鎧が、影の群れの上を歩いているのだ。

パライレもまた、動き出した。ゆっくりと鰭を動かし、空へと上っていく。


黄か白か、ここからでは判別が着かないが、新しく目にした影もまた、みるみるうちに宙に橋を作り、その上を歩いて行った。皆、空のどこか一点を目指して向かっている。


四体目の有色影がいるのは認識できたが、その動きはあまりに速く、目で追うことはできなかった。こっちにまで衝撃風が来たくらいだ。


「・・・・・・え、シヴァ・・・待ってよ。お前まで行くの?」


 シヴァは僕の期待に反して大きく翼を広げたのだった。


「待って・・・ミノンを置いてくつもり?」


何も答えないで、シヴァは離陸した。


全てが空に辿り着いた時、日は完全に地平線から顔を出していた。


 五体の影が空に溶け込むようにかたちを変えていく。やがて、それらは一つとなって、とある物体を作り出した。

・・・あれはなんだろうか。正体は不明な上、あまりに強烈な光を放っていて、直視ができなかった。けれど、群青の空には二つの光が並んでいる。二つ目の日が現れる日。


今日が終始の日だ。


「マコト・・・?」

 ミノンが薄らと目を覚ます。そして日の光にうっと眼を顰めながらボソリと言った。


「日が・・・溶けてる・・・」


 何を言い出したかと思えば、日が溶けるなんてそんな――


「――本当だ・・・溶けてる・・・」


 それも、昇ってきた方の日だ。既に形がなく、地平線に流れ込むように溶けて、消えていく。幻能で作られた空が、崩壊しているんだ。


 遂に全ての光が溶けきる。


それに合わせて、今度は有色影たちが作り出した光が、光線となって空へと放たれたのだった。


 一時は完全に光を失った空が、また日の光に照らされていく。溶けた分の日が作り直されている。

空が、作り直されているのだ。


 影に作られた光は、完全にその光を放ちきってしまうと、パッと散って無くなった。


「シヴァ、シ・・・シヴァーーー!」


 意を決してありったけの声で叫んだ。空っぽの腹が更にへこんでいく。

こんな場所で、勝手にいなくなられるなど、それこそミノンは望んでいないはずだ。


 羽音を立てて、シヴァがミノンの影から浮き上がる。その姿に、これまでに無いほどほっとして、僕は溜息を吐いていた。


いつの間に戻っていたのだろう。あの、謎の儀式はもう終わったのだろうか。役目を終えたから、帰ってきたのだろうか。


 眠るミノンにシヴァは頬ずりをし、僕には軽い頭突きをした。


「まったく・・・人騒がせな奴」


 けど、気が緩んだのも束の間、シヴァが睨む先を見て、僕もまた酷い動悸がしだした。


 赤い影の大群が段々と大きくなっている。つまりはこちらに近づいてきているのだ。また空を目指しているわけじゃなかろう。もう、空でやるべき事は終わったはずだ。

それに白・・・いやあれは黄色だ。黄色の影まで、何故だかこちらに向かってきている。


「まずいよシヴァ、奴等の狙いは確実にミノンだ。それも、多分ラピュアスを巡った・・・」


 次もまた、シヴァが鎧に勝てる偶然はあるか分からない。何より、ミノン自身が危うい。

 シヴァがうなり声を上げる。


「早くここから逃げるんだ。・・・・・・分かってるよ、ミノンがまだこの地にいなきゃならない理由がある事くらい。けど、まずはここを離れるのが最優先だろ」


 シヴァが仕方なさそうに腰を下ろす。まずミノンを乗せ、僕も乗ろうとしたその時だった。


 もうすぐそこまで来ていた影の大群から、僕の足元をシュッと掠って何かが飛んできたのだ。

こんなの、命中したら一発で足がもげていたところだ!


多分、槍か矢を飛ばされたんだ。けど、それが何かを確認する間もなく、次から次へと鋭いものがこちらへと打ち込まれていく。


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