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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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《第七章 再会》 ラピュアスの地


 ぐるぐると頭が回っている。けれど、身体が思うように動かせなかった。何かに硬直させられたまま、目眩だけが起こっている。


酷い吐き気に襲われて、僕は深い眠りから目を覚ました。


・・・・・・青い、ぼんやりと目に映る景色が何もかも青かった。きっと、寝過ぎて脳がまだ覚めきってないんだ。昨日、夜遅くまでカナメの筋トレに付き合っていたから・・・・・・。

早く、学校行って絵の続き、描かないと・・・。

 空と、雲と、黒い鳥。それに金髪の――


「――――!」


 思わず叫んだ僕の声は、響かずくぐもって消えていった。


やっと目が覚めた。ああ、凄まじい吐き気に襲われると同時に、何もかも思い出した。


あの時、僕は無事パライレの背に着地したのだ。けれど、痛んだ身体にあの衝撃、加えて何かに吸い込まれていくような感覚に襲われて、気を失っていた。


 肝心のパライレが見えないが、察しは付く。

この、何もかも青く染まってしまった視界。加えて、足を動かしていないはずが流れていく景色・・・。


僕を取り巻く青さの正体、それがパライレなんだ。僕は今、きっと奴の内部にいる。一体どれくらいの時間が経ったのか、見当も付かなかった。薄らと見える景色には、全くもって見覚えがない。


 どうにか、頭だけでも影の外に出られないか試したが、どれだけ力を込めようと身体はピクリとも動かなかった。これがまた、居心地悪いのだ。硬直されたまま、ただただ吐き気に目が回る。

金縛りに遭っているようで、このまま延々と覚めない夢の中だったらどうしようと、焦燥感が募っていく。


 けど、そんな僕の心配とは裏腹に、パライレはやがて、自ら僕を外へと吐き出した。

僕まで胃からせり上がってくる感覚を覚えたが、吐くような物、胃には何も残っていなかった。


 ぐるぐると回る視界の中、ずっと、ずっとずっと!心待ちにしていた声が近づいてきた。


「・・・コト?・・・マコト・・・マコト!」


 ずっと聞きたかった声に涙ぐんだのも束の間、その姿が視界に入るよりも先に、温かい体温が僕を包み込んだ。長い金髪が、さらりと視界にチラつく。


「・・・・・・ミノン?」

「ええそうよ」


 涙声が僕の耳元に響く。


「ミノン・・・大丈夫、だった?」


 あんな別れ方をして、お互い行方側からないままだったのに、今はそんな言葉しか出てこなかった。


「あなたの方こそ。私、あなたが衛兵に連れて行かれるのが記憶にあったから、拷問されたり、下手したら処刑されそうになっているんじゃないかって、とても心配だったの!」

「僕は大丈夫だよ。あいつらが僕を人質だとか言ってたなら、ミノンがそれに騙されなくて良かった」


ミノンが一層強く、僕を抱きしめる。


「罠だって分かってた。でも、もしそれが事実で、私が助けに行くのを躊躇っている間にマコトが殺されてでもしたらって、ずっと自分を信じられなかった・・・・・・」


 少し声を詰まらせて、彼女は続ける。


「・・・ごめんなさい。こんなこと言って、もし本当にマコトが捕まっていたとしても私・・・・・・きっと助けに行けなかった・・・」

「僕も、ミノンと別れてから、自分の非力さにずっと後悔してた。助けに戻らなきゃって、思いながらも結局、人の手を借りなきゃここまで辿り着いてなかった」


 少しして、昂ぶった感情が落ち着いたところで、ミノンは僕の背後を見上げたのだった。


「・・・・・・本当に良かった。青い影が来たと思ったら、あなたを呑み込んでいたから驚いたわ」


 言われてはっとした。

振り返れば、背後で暴走したはずのパライレが、静かに佇んでいる。僕の拍子抜けた表情に、ミノンは仕方なさそうに笑った。


そして、僕に水筒の水を差しだしてくれたのだった。僕は飛びついて水を飲んでいた。


 口から零れた水滴が、滴って服を濡らすが、そんなものお構いなしに、ゴクゴクと喉を鳴らしていた。けれど途中で、これではミノンの分が無くなると気付いて、僕は水筒から口を離した。


「あははっ、凄い勢い」


 ミノンがまた笑う。僕も、つられて口角が上がった。


空はまだ、薄明るかった。もうじき夜明けがくる。きっと、日が昇り始めたその時が終始の日の始まりだろう。


パライレの更にその奥、ずっと遠くには深い森の入口が薄らと見えている。なんて広大な土地だろう。頭上には、近すぎるという距離で丸雲が浮いている。


 けれど、何より目を見張るべきは、僕の前方に広がる景色だった。


「これ・・・崖・・・?」


 僕の呟きに反応して、ミノンが立ち上がる。歩いて崖の末端まで僕を連れて行ってくれた。


「それ、私を描き足してくれたの?」


 背負ったキャンバスにミノンが気が付いた。本人に、僕の絵を見られたのだ。恥ずかしくない訳がない。


「・・・そう。ごめん、あんまり似てないよね・・・」

「いーえ?嬉しいわ」


 末端に辿り着いた時、僕は息を呑まずにはいられなかった。


・・・・・・深い、深すぎる。底までの距離など到底計り知れぬほど深かった。足が吸い込まれるような感覚を覚えて、ぞっと鳥肌が立つ。


「あっちにも、土地があるの。見える?」

「うん。薄らと」


 遙か先、地平線に被さりそうな位置に、新たな地があった。それも、一つではない。二つ、三つ・・・それ以上に見えている。


「シヴァに運んでもらって、探索してきたの。そうしたら・・・何て言うのか、地面を五等分したみたいに深い亀裂が入っていたの。この崖は、地面の亀裂。ここは、五等分されたうちの一つよ」


こんなでかい亀裂、もちろん見たことはない。何せ、向こう岸を見るのがやっとというくらいなのだから。


「この場所が、なんでこんな事になったのか、心当たりがあるんだ」

「そう。・・・実は私も、以前この地に来たことがあるような気がするの」


 確か、カナトコの住民が話していた。

有色影がここを訪れるのは、百年に一度だけじゃないと。彼らは五年に一度、自分の番が来れば必ずラピュアスの地を訪れる。

ミノンは、はっきりとした記憶が無いだけで、前にもこの地に降り立っていたのだ。


「ミノン。ここは、ラピュアスの地だ」


 ラピュアスは五人の幻能者によって、五つに分けられた。ここは、その時の凄まじい衝撃が、目に見えて蘇るような光景をしている。


 けれど、そうなれば僕はあれから十日間も影の中で眠っていたことになる。十日間も飲まず食わずだったなんて、有り得るだろうか。いったいどこで時間が狂ってしまったのか。それとも僕は、本当に影の中で十日間を過ごしたのだろうか。


 カナトコの街で見たもの、今までの出来事を簡潔に伝えた。

ミノンはシヴァが有色影だということに一瞬驚くも、すぐに納得したように受け止めた。それから、父親の話に複雑に眉をしかめた。手紙の差出人の正体に彼女は何故だか、僕が話を進めるうちに強く唇を噛みしめていって、僕が話し終えたときには遂に堪えきれなくなって涙をこぼしたのだった。


「・・・ミノン?」

「ごめんなさい。・・・・・・私もね、ラピュアスが起動したのには何か契約が関係しているんじゃないかって思ってた。それで、ラピュアスについてシヴァとたくさん話をしたの。それで、あなたの話を聞いて、シヴァが私に伝えたかったことがようやく理解できたわ」

「シヴァは、何て?」

「・・・自分が代償になるつもりなのよ」


 僕が訊き返した時、ミノンの頬は既に涙でぐしょ濡れだった。


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