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招かれた僕ら  作者: 蓮水 碧
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暴走

 

遂に青い影――パライレが目覚めたのだ。


大きな地響きで床に亀裂が入る。それが瞬く間に広がったかと思えば、パライレの長い腕が床を突き上げてきたのだ。あれは既に、変貌を遂げている。しかも、今度はしっかり実体がある。記憶ではなくなったからだ。


パライレが動く衝撃で、ハタが数メートル先に吹っ飛ばされていく。


「・・・ハタ!」


 指の欠けたその手を取って、僕はハタを引き上げた。


僕が・・・僕らがパライレを呼び覚ましてしまったんだ!信者達はこの瞬間――つまりは僕らという来客がこの地に訪れる事を、ずっと恐れていたというのに。


「走れる!?」

「ああ!来た道は覚えてる。次を右に曲がれ!」

「・・・さっすが」


 僕なんて、最初にどの角を曲がったかすら忘れていたのに。


あちらこちらで激しい轟が鳴っている。相手は有色影だ。所構わず壁を破壊したら、あっという間に上階にやってくるだろう。こんなの、正直勝てる気がしなかった。いや、そもそも戦うなど!

今はとにかく、ハタを信じて駆け抜けるしかない。


「おい!邪魔な荷物は手放せ!」

「そんな簡単に捨てられるものじゃない!」

「両手が空いてないと死ぬぞ!」

「・・・ハタだって、色々持ってんだろ!」


 今回はちゃんと、気が付いていたさ。ハタが本棚を物色しているだけのように見せかけて、また色々とくすねていたことを。ハタだって、服の内は重いはずなのに。


 僕に言われて、図星だったのか舌打ちだけするとハタは何も言ってこなくなった。


 バルコニーに再び戻って来た。轟の中、のうのうと彼らは踊り続けている。けど、そんな平和な光景も瞬く間に崩れた。


「伏せろ!」


 ハタの叫び声と共に、向かい側の壁が崩壊したのだ。向こう側から飛んできた破片が、頭上を通り越す。下の階で、ハタの叫び声に反応できた者はいなかった。

・・・・・・いや、みんな最初からこうなるつもりだったほど、パライレの存在に心酔していたのだ。


落下した瓦礫に、大勢が潰されていく。その上を、想像を絶するほど巨大なパライレが通過したのだ。

全貌は大きな鯨のようで、頬から尾鰭までビッシリと(ひれ)が生えている。鮮やかなはずの青が、恐ろしく冷酷だった。


何枚もの鰭が、足代わりに地面につき、それでも尚踊り続ける人々を、それは躊躇無く踏み潰している。

青い戸に繋がる通路へと進んでいった。


「追いかけるぞ」

「・・・・・・うん」


 突として起こった出来事に理解が追いつかぬまま返事をしたけど、本当はもう一度走り出す余裕なんて無かった。それと同時に、この光景が脳に焼き付けられる前に、逃げ出してしまいたくもあった。


 あっという間に人が死んだんだ。瓦礫の下敷きになって、パライレに踏み潰されて。それまでに無かったはずの赤が広がっていくのを見てしまったんだ。もう、どうしようも無いのは分かっているけど、僕らが奴を呼び覚まさなければ、なんて考えが頭を過ぎった。


「深く考えるな。あれがあいつらの本望だ。今はとにかく、あれを追いかける」

「・・・わかった」


 パライレは青い戸をぶち破って外へと出ていた。惨い有様となったこの宮殿に、無責任にも背を向けて出て行くのはとても気が引ける。血が流れてんだ。簡単に無視できるものか。


 でも、吹っ飛ばされた戸の先を見れば、これからが更にまずい状況になるって事が理解できる。戸を出れば、また青い戸だけの空間に戻されるものだと思っていたんだ。それなのに、あの戸はカナトコの街と直通しているではないか!


「ハタ!まずいよこれ!カナトコの街が!」

「ああ、あいつらが教会で必死こいて祈ってた訳は、これらしいな」

「これ、どうやって止めるつもり!?」

「いや、そのまま突っ走ってもらうつもりだ!」

「はあ!?」


 よりによって、青い戸は祭り真っ只中の繁華街へと繋がっていた。既にここは大惨事だ。あちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。前方を進むパライレは、小さな家々をなぎ倒しながら進んでいる。また一つ、また一つと安穏が消えていく度、視界が眩んだ。


僕は、ハタの思惑が掴めないまま走っていた。避難民の流れに逆らって進んでいたから、何度もハタを見失いかけた。


大きな瓦礫が目先を通過する。そしてそのまま、僕の真横ですれ違った人物へと直撃したのだ。はっと息を呑んだ時にはもう遅い。もう手遅れだ。


 気が付いたら、荒野の中にいた。パライレに何もかも破壊され、戦場と化した街だ。瓦礫の上をよじ登って、尚パライレを追っていたが、知らぬ間に僕の両手は赤黒い血に染まっていた。誰の血なのか分からない。僕だけの血ではなかった。


 まずい。そろそろ限界だ。長らく全力疾走なのに加えて、障害物が多すぎる。もう、これ以上息が持ちそうになかった。


だが、パライレの方も、突如としてその速さにブレーキを掛けたのだ。それまでが嘘のように穏やかに歩き出す。その穏やかさなら、海を泳ぐ鯨を連想できなくもない。


「やるなら今しかねえな」


 ハタが何の説明も無しにそんなことを言い出すものだから、僕は思わず聞き返した。


「待って、やるって何を?」

「・・・お前、あのミノンって女のところに行きたいんだろ!」


 ああ、今やっと理解した。ラピュアスの地だ。


パライレはラピュアスの地に集うため、目を覚ました。有色影が皆、終始の日にそこへと集うなら、ミノンもまた、そこに来るはずだ。シヴァが有色影という説が正しければだけど。


 僕らだけではラピュアスの地を見つけることは難しい。けど、その地をよく知る影に着いていけば、確実なんだ。


「・・・あの影に乗るって解釈であってる?」


 ハタが頷く。いつになっても説明の足りない奴だった。

 

 次の瞬間には、全速力で駆け出したかと思えば、下へと振られたパライレの尾鰭目掛けて、飛び出したのだ。無事、尾鰭を掴んでハタは先にパライレへと搭乗してしまった。


 トランクの持ち手を咥える。僕とキャンバスを繋ぐ紐を、よりきつく結び直した。そして、僕も尾鰭目掛けて大きく地面を蹴った。


・・・・・・だが、パライレは思わぬ動きを見せたのだった。


何枚もの胸鰭を一斉に振るわせ、大きく羽ばたいたのだ。

それで、届くはずの伸ばした腕は、一歩手前で虚しく、尾鰭を空ぶったのだった。


「嘘だろ――!」


 即座に身体が硬い瓦礫の上に打ち付けられた。全身に耐え難いほどの衝撃が走り、脳が揺れる。薄らと見える空では、ハタを乗せたパライレがゆっくりと昇っていく。


 ああ、また置いて行かれる。また、僕だけ置いて行かれるんだ。この世界にまで、「不要だ」と言われた気分だった。


「・・・ハタ・・・?」


 一瞬、見間違えたのかと思った。あろうことか、ハタはせっかく乗ったパライレの尾鰭から、降りてきたのだ。そして、僕の元へと駆け寄ってきた。


「何してんだ」

「・・・そっちこそ、何してんだよ。ハタだけでも、あいつについていかないと!」

「いいや、お前が行け」

「行けって、どうやって・・・。あの距離に飛びつくなんて!」

「ああ、ったく影さえあればな・・・」


 ハタのその嘆きが、僕の弱さをさすった。


「さえ」って言いたくなる瞬間は、僕にもたくさんある。ハタはそれでも、自分で影を手に入れて、自力でその状況から抜け出してきたんだ。今だって、僕は何度ハタに動かされてきただろう。


でも僕は、いつだって自分で変える意志を、行動を手にしようともしてこなかった。何かと理由を付けて・・・自分ができない、できなくても良い理由を見つけて、「仕方ない」と思い込んでいたんだ。


自分を取り巻く環境に身を任せて、「できなくて仕方ない」で済んでしまう理由を、僕の中で認識してしまった。


それがいつまで経ってもできない本当の理由だって、とっくに分かっていた。除け者にされるうち、心のどこかで自分でもできないものだと思ってしまっていたんだ。


 どうするかなんて、考える必要ないんだ。

とりあえずやらないで、何が考えられるって言うんだ。


「・・・ハタ!戻って来たってことは、もしかしてまだ、僕があそこに行く方法が残ってる?」

「無い事は無い。けど失敗すれば即死するかもしれねえ」

「・・・・・・いいよ、やって」

「しゃーねぇ。簡潔に説明する。今から俺が持ってる幻石の力をできる限り解放させて、お前をあそこまで吹っ飛ばす」

「・・・まじか。それで、ハタは?」

「俺はいい。お前が行け。こっちもそれなりに吹っ飛ぶだろうが問題ない。その代わり、何が何でもラピュアスから影を取り戻してこい」

「・・・わかったよ」


 ハタからすれば僕からこんなこと言われたくないだろうが、今だけは、言わせてほしい。


「色々とありがとう、ハタ」

「・・・ああ。マコト、頼んだ」


 軋む身体でもう一度体勢を立て直した。

背後でハタが準備を始める。忙しすぎる別れだ。けど、これもハタらしい。


 足元で光線が通過するような、凄まじい音がなる。束の間に僕は風を切って宙を舞った。

衝撃に、体中の関節が仰け反る。


数える間も無く、僕の視界は真っ青に染まったのだ。



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