煽られ運転
ちょうど昼下がりの午後。日の光は強烈だ。
汗がじりじりと湧き出てくる。シャツの内側で、汗粒がツーッと垂れていく。さんさんと照らされたいつもの帰路を、いつものようにカナメと横並びで歩いた。
カナメも僕も中学からの同級生で、高校も地元のところへ行ったから、家までの距離は然程遠くない。けれど、歩いて通うには少しだけ遠いので、自転車通学というわけだ。
今日も自転車に乗って、カナメの家にさっさと帰るはずが、カナメがトレーニングがてらに走って登校したせいで、結局自転車を押して帰ることとなった。
「そういえばマコト、去年同クラだった松田がさ、留学が決定したんだってよ。あいつ英語だけやけに点数高かったもんな」
「へえ、凄いな」
「うちのクラスの優子――」
「――・・・あぁ、葉山さんか。あの大人しい」
「そう。優子は進学しないで実家継ぐってよ。家がケーキ屋だったんだって」
「・・・へえ」
「ザッキーと山ちんいるじゃん。あいつら馬鹿そうに見えてさ・・・実際期末の点数はめっちゃ低かったけど、模擬試験で志望校B判定とってたんだぜ。このままいけば受かるかもな」
「・・・・・・へえ」
「それで後藤はさ――」
「――ああもう!お前わざとだろ!」
「あっはっはっはっは」
溜まりに溜まって僕が声を上げると、カナメは腹を抱えて笑った。
「進路決まらなくて焦ってんのに、そんな話すんなよぉ!」
カナメはまだ笑っている。
「何なんだよもう!」
僕が投げやりに叫ぶと同時に、額にポツリと水滴が垂れる。
「うわ!マコト、雨じゃない!?」
カナメの言葉と同時に、今度は大量の雨粒が全身に降り注いだ。ゲリラ豪雨だ。
「何なんだよもぉぉぉぉう!」
俺は自転車に乗って、カナメはそのカゴに鞄を投げ入れて、僕たちは全速力で家を目指した。
普段は通らないけど、近道になることは知っていたから、この雨の中仕方なく私道を通る。
細道で、僕とカナメが横並びになると、ハンドルにぶら下げた荷物がギリギリのところで電柱を掠る。
レンガが敷き詰められた私道を、僕は立ち漕ぎになって急いでいた。
そんな中「Open」の文字が目に入って、思わず自転車を急停止させた。
電柱に隠すように自転車を置く。
「カナメっ、一旦入ろう!」
これ以上濡れたくなくて、降り始めの今、今ならまだ雨を避けるだけの価値はあるだろうと、僕は吸い込まれるようにその「Open」の扉の中へと駆け込んだのだった。
「・・・はぁ」
膝に手を当て、零れるような溜息を吐く。急いで漕いだせいで息が切れ、背中が上下していた。
美術室ではずっと座りっぱなしだったのに、いきなり体を動かすもんじゃないな。
「・・・・・・カナメぇ?」
振り返って「は?」と声が出た。
――カナメの姿が無い。雨粒の垂れるガラス窓の向こうにも、僕が停めた自転車しかない。カゴにはまだ、カナメの荷物が残っている。
いつからか。今の一瞬で、僕はカナメとはぐれてしまったのだった。
「あいつ何してんだ?」
僕は、この時はただ、カナメが途中で道を間違えたか、そのまま突っ走ってどこかに行ったか、僕の自転車に追いつけなくなったかのどれかだろうとしか、考えていなかった。しっかり濡れていた肩の布が気持ち悪くて、正直そんなもんどうでもよかったのだ。
「・・・いらっしゃい。突然の雨で困りますね」
知らない声に、はっとして振り向く。エプロンを掛けた男性が、カウンターの奥でこちらを見ていた。
驚いたが、思えば当たり前のことだ。「Open」の看板が下がるくらいなのだから、ここは何かしらのお店。店員がいることくらい当たり前だ。
振り向いてようやく、僕はこの場所に充満する珈琲の香りに気が付いた。
視線の合った店員には失礼だが、分かっていても顔が歪む。
「・・・・・・喫茶店ですか?すみません、僕、知らないで入っちゃって・・・」
「いえいえ、お気になさらず。仰る通り、ここは喫茶点。良ければこちらの席に」
できれば今すぐ立ち去りたかったが、カウンター前の椅子を引かれて、断れなかった。僕は渋々とその席に腰を下ろした。
こんな場所に店があるなんて知らなかった。
私道に面しているのに、人なんて来るのだろうか。実際、今も僕の他にお客が見当たらない。と言うか、そもそも私道の中に飲食店など経営して良いもんなのか。
・・・・・・息が詰まる。自然と背筋が伸びていた。
気を晴らすため、僕は店内を見渡していた。静かにBGMの流れる店の天井では、大きなファンがゆっくりと回っている。BGMは、カウンター席の隣に置かれた、レコードプレーヤーから聞こえているみたいだ。全体的に焦げ茶色の家具で揃えられていて、深緑色の壁とソファと、よく合っている。
僕しか客がいないのが、勿体ないくらいに洒落た店内だった。
「・・・・・・はいどうぞ。お代はお気になさらず」
目の前の店員が、そう言って僕の前にカップを置く。




